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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

福祉・介護事業所の倒産と「選択と集中」の愚


 今年の1月、東京商工リサーチは、「老人福祉・介護事業」の2022年における年間倒産件数が143件(前年比76.5%増)と過去最多に上ったことを公表しました。

 この内訳は、訪問介護事業50件(35.0%)、通所・短期入所介護事業69件(48.3)、有料老人ホーム12件(8.4)、その他12件(8.4)です(データ詳細は、日経メディカルを参照、https://medical.nikkeibp.co.jp/inc/mem/pub/hotnews/int/202301/578162.html)。

 倒産の主な原因は、大手事業者との競合による小規模事業所の「販売不振」と、有料老人ホームで大型の設備投資を回収できなくなったことです。負債1億円未満が約8割、従業員数10人未満が8割超と、小規模事業所の倒産が目立ちます。

 この5月から、Covid-19支援策の一つである「ゼロゼロ融資」(特別貸付)の返済が始まるため、Covid-19による利用者減少からの回復が遅れている小規模事業所の試練は続くことが予想されていますが、小規模事業者に対する国の支援策を期待することは限りなく難しいようです。

 生産性の低い小規模事業者の淘汰は止むを得ないことであり、介護事業者や障害福祉事業者の大規模化を政策的に進めようとしているからです。大規模経営は、「利益率は高く、安定した経営ができる」(https://job.minnanokaigo.com/news/kaigogaku/no1254/)と言います。

 では、大規模経営による高い利益率と安定経営の実態はどのようなものなのでしょうか。

 倒産の相次ぐ小規模事業所の現実の報道に接しました(5月11日朝日新聞朝刊)。小規模事業所が苦境に追い込まれる原因は、Covid-19による利用控え、求人を出しても人手不足が埋まらないこと、経験者の離職増大と介護の仕事に向かない人の入職による現場の混乱、1人当たり年収の25~30%にも及ぶ人材紹介会社への手数料などが指摘されています。

 利益の最大化と安定経営を図るためには、報酬改定の度に経営戦略を修正する必要に迫られます。

 事業所の稼働率、人件費率、労働生産性、要介護度や障害支援区分の構成、有資格者の比率、水道光熱費の比率等から、損益分岐点を割り出し、事業所の収益力を示す収益率を高める努力を重ねるのです。通常の民間企業と同様の経営努力が求められるのであり、この点では何も目新しい内容はありません。

 福祉・介護ビジネスの業界では、売上高に対する収益目標を10%に置くことが標準的だとされているようです。粗利の目標が1割という点も、ふつうの民間企業と概ね同じです。

 ここで、様々なパラサイトが生まれます。まずは、報酬請求ソフトの業者で、延々と続く報酬改定にさぞかし笑いが止まらないでしょう。報酬改定につきまとい続ける「公共事業」によって永続的な利益を上げている企業には、特別の社会的責任を負わせるべきではないでしょうか。

 たとえば、報酬改定ソフトを扱う会社は、障害者雇用促進法上の雇用義務を5%と定め、これをクリアしなければならないなどです。

 次に、延々と続く報酬改定と利益率の最大化の追究は、いうなら、変動する株価や為替の相場の中で投資による利益率を最大化するための努力と通底しています。このような営みは、福祉・介護の世界の人たちにとって、あるいは難解な問題と映るかも知れませんが、ビジネスの世界では当たり前の営みです。

 今のところ、福祉・介護の閉じられた世界の中では、報酬改定の度に、チープなコンサルやアドバイザーの有象無象が跋扈して儲けているようですが、これらの方たちの役割寿命は時間の問題でしょう。報酬改定と利益率の最大化にかかわるAI型ソフトがこれらのパラサイトを一掃する日が近いでしょう。

 その他のパラサイトは、人材派遣会社です。これはまことに質が悪い。福祉・介護事業所の報酬の原資は税金と保険料であり、ここから支援者一人当たりの年収の25~30%を取る「手数料」は、大昔の「口入れ屋=手配師」の収奪と同様ではありませんか。高度経済成長期の日雇い労働者の斡旋に伴う暴力団のピンハネ率と区別がつかないほど悪質です。

 もし、福祉・介護領域の人材派遣を認めるとしても、労働市場のひっ迫如何に拘わらず、斡旋料の上限を年収の3%程度に制限する社会的規制が必要不可欠です。

 このようにみてくると、この間の政策は福祉・介護の公共性を剥奪し、サービスと実施体制の徹底した私化=ビジネス化を図ってきたことが分かります。報酬改定を通じて、経営に常に揺さぶりをかけることによって、小規模事業者を淘汰し、利益率の高い大規模事業者に福祉・介護事業を集約していくのです。

 この政策は、福祉・介護事業者の「選択と集中」を進めるものです。小規模事業者を切り捨て、大規模事業者に人材と資源を集中することによって、効率的な福祉・介護の実施体制を構築しようとするところに目標があります。

 このような「選択と集中」には、政策の破綻が明白な、悪しき先例があります。

 大学政策では、2007年5月21日に政府の財政制度等審議会が、地方国立大学への運営費交付金を半減する試算を発表し、その分を旧制帝大への交付金に集中して、国立大学を大幅に削減すべきだと主張しました。

 以来15年が経過しました。わが国の国立大学の教育と研究は例外なく疲弊し、多くの有識者は日本人のノーベル賞受賞は今後見込めないとの共通認識をもつまでになっているのです。受験生の減少による私立大学の淘汰を含め、大学に係わる「選択と集中」がどれほどの愚策であるのかは、もはや明白です。

 大学や福祉・介護業界の「選択と集中」は失敗する宿命にあるとみるべきです。このような失敗は「選択と集中」そのものの問題によるというよりも、「選択と集中」を図る目的が教育・福祉・介護領域の私化=市場化に置かれているからです。

 公共性を存立基盤とするこれらの領域を私化することは、教育・福祉・介護がシロアリ被害に襲われたように内実の空洞化を進め、本来の社会的な役割の喪失に帰結します。

 福祉・介護の公共性を担保する必要性は、子ども・障害のある人・高齢者等の暮らしの必要と人権擁護を基軸にサービスと実施体制を構築しなければならない点に由来します。報酬改定の目的が、福祉・介護の公共性をより高めるものとして実施されてきたのであれば、私化による福祉・介護の空洞化を招くことはなかったでしょう。

東京証券取引所

 2000年4月の社会福祉基礎構造改革以降、社会福祉法に規定される福祉・介護の実施体制は、それ以前の霞が関とのつながりに加えて、日本橋兜町とも開通することになったのです。市場セクターに「もの言う株主」が出現すれば、報酬改定の度に、目先の利益を最大化する経営方針と事業計画の見直しを図り、それらを実施することを迫られる時代になったのです。