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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

DV件数の急増から

 内閣府は、5月21日に2020年度のDV相談件数が19万30件であることを発表しました。2019年度の11万9,276件の1.6倍に増加しています。

 今年の1月、内閣府は2020年度11月末までのDV相談に関する件数を中間的に発表しています。この時点で、13万2,355件の相談件数があり、とりわけ、子どもと同居しているDV相談者3万7,044件の内、子ども虐待が併存しているケースを2万2,337件としています(https://www.nikkei.com/article/DGXZQODG125JZ0S1A110C2000000/)。

 この発表では、子どもと同居するDV相談件数の6割に子ども虐待があるとしています。家庭の中でのDVは「面前DV」として子どもの心理的虐待とすることになっていますから、子どもが同居していれば原則としてすべてのケースに子ども虐待があると推定することもできますが、6割にとどまっている事情の詳細は不明です。

 いずれにしても、DVの増加は子ども虐待の増加にも直結していることだけは間違いありません。

 DV被害はこれまで女性に多くみられてきましたが、男性の被害件数も近年増加しつつあります。警視庁(東京都分)の発表によると、2016年度DV相談件数6,819の内、男性の953件(14.0%)が、2020年度は総数8,627件で男性は1,800件(20.9%)と増えているのです(https://www.keishicho.metro.tokyo.jp/about_mpd/jokyo_tokei/kakushu/dv.html)。

 内閣府の発表した2020年度DV相談件数からいうと、わが国では約2分30秒に1件の割合で、女性、男性そして子どものいずれかがDVで傷ついている計算になります。この数値は、残念ながら、氷山の一角であるように思えます。

 ところで、性とケアの領域である親密圏としての家族が、Covid-19禍の下で暴力を抱えこむ要因は、どこにあるのでしょうか。

 外出自粛や社会的ストレスの増大等がDV増大の要因であるとの指摘もあるようですが、それほど単純なものとは思えません。Covid-19禍に由来にする困難を家族で共有または相互理解しながら、一つ屋根の下で普段よりも支え合い、労わり合う方向に運ぶ関係性もあるはずだからです。

 まずは、Covid-19禍以前から、ウィークデイの自宅での生活は「ホテル家族」の様相を呈し、家庭内部に親密圏の実態のないケースが問題の一つとして指摘できます。普段は、それぞれがそれぞれに食べて寝るだけで、お父さんとお母さんは外で仕事をし、子どもは塾に習い事で「勉強とスポーツに励んでいる」ことになっている。

 それぞれが悩みごとを抱えた場合、「家族には話せない」関係の中で孤立しています。子どもの悩みは「親にだけは話せない」、お父さんの悩みは「女房だけには話せない」、お母さんの悩みは「旦那にだけは話せない」となっている。

 社会的な広がりのある生活の根拠地にふさわしい「本音で話せる場」で家族はなくなっているから、Covid-19禍によって気まずくなった家族の人たちには「逃げ場所」が必要になっているのです。「家族に話せない悩み」を家族外で吐き出さなければならない。これが「相談支援」です。

 Covid-19の問題が発生する以前、飲み屋でバイトをしている多くの学生から、孤独なサラリーマンのお父さんの話を耳にしました。

 はじめは男同士の2~3人連れで入ってきて、しばらくの間は談笑しながら、「上司への愚痴と使えない若者」の話で盛り上がっていく。さらに時間が経つと、一人だけが終電近くまで呑み続けていて、この時間帯には「女房と子ども」の愚痴が店員に吐き出される。

 女房と子どもたちが寝静まる頃に帰宅すれば「顔を会わせなくて済む」と言いながら、こともあろうに、飲み屋のバイトの女の子を口説きにかかる。「こんなにみっともない父親が世間に多いことを初めて知りました」と、数多くの学生から聞かされ続けてきました。

 次に、Covid-19禍のステイホームは、DVの最多世代である30歳代の、子育ての渦中にある家族における居住環境の貧しさを露わにしました。

 お父さんお母さんのテレワークに子どもたちのオンライン授業が重なると、通信環境の整った静謐な個室がそれぞれに必要となります。ところが、テレワークに専念できるそれぞれのスペースは自宅にはありません。いきおい、生活騒音が仕事のジャマをする、幼い子どもがまとわりついてくる。

 テレワークをするにも、キッチンやリビング、場合によっては押入れの中を含めた「在宅ジプシー」を強いられる。普段から育児・家事をお母さんに任せているために、お母さんのストレスは、育児・家事・テレワーク負担の三重苦となって、「噴火警戒警報」が日常的に出ている。お母さんの「3メートル以内は入山禁止」(笑)

 それでも、仕事と収入が何とか得られているのであればまだいい方です。いい加減な感染防止対策に振り回され続けてきた飲食店や関連自営業を生業とするご家族の中には、事業の継続問題、借金苦、貧困に苛まれてきました。進学や学生生活の継続を諦めなければならない子どもたちもたくさん出ています。

 このようにみてくると、Covid-19禍によるステイホームや一般的なストレスがDVや虐待を増加させたというより、親密圏としての家族の成立基盤そのものが脆弱であるところに基礎的な問題があったことをCovid-19禍が明らかにしたと考えるべきです。

 つまり、家族がセーフティネットとなり得る暮らしの安定した基盤そのものが弱くもろいのです。いうなら、多くの家族の「根太が弱っている、または腐っている」事態にあるところをCovid-19禍に襲われたのです。

 長いタイムスパンでみれば、利他主義に基づくケアと性の領域である家族の不安定化は、まずは、家族以外の領域のすべてを「個人主義と市場主義が支配する領域」として親密圏を削ぎ落とし、次に、個人主義と市場主義が家族内部を侵襲するようになって、生起したものでしょう。

 介護保険や保育政策の多元化は、民衆の幸せを創造することはありません。DVや虐待への対応支援だけで新たな親密圏の形成につながる訳でもありません。危機にある親密圏の困難に直面する民衆自身が、自発的に新しい多様な親密圏を創造しようと模索している営みに、多くの支援者が気づき、そこで歩みを共にできなければならないと思います。

5月22日夕方の新宿

 さて、土曜日夕方の新宿の様子です。「人流」はまったく減少していません。緊急事態宣言の延長論が現実味を帯びてきました。「安心で安全なオリンピック」は緊急事態宣言が出ていても開催するそうですね。ひょっとすると、市場主義の権化であるIOCのお金儲けにとっての「安心で安全な」ですか?