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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、埼玉大学教育学部にて教鞭をとる。
さいたま市障害者施策推進協議会会長等を務め、埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

緊急事態宣言が出たけれど

 4月7日に新型コロナウイルスに係る緊急事態宣言が出ました。しかし、すべての国民の行動変容に必要な情報と課題認識の共有は、あまり進んでいないように思います。

 私の疑問を率直に言うと、緊急事態宣言を出すことの意味がはたしてあるのかどうかさえよく分かりません。私の無知に由来する疑問はたくさんあると思いますが、自身の無知をひとまず棚に上げて問題点を指摘します。

 まず、政府が緊急事態宣言を出して、その対象が「7都府県」という地域限定であることが理解できません。国は「7都府県」に緊急事態宣言を限定しながら、11日には「接客を伴う飲食店」の利用自粛を「全国に呼びかける」政府追加策を出しています。

 緊急事態宣言の対象ではない県の知事が、「わが県も緊急事態宣言の対象に入れて欲しい」とか、「緊急事態宣言の対象地域である首都圏から来ないでください」というのは、全国単位で取り組みをまとめることのできない施策の根本的な欠陥です。

 緊急事態宣言の対象地域となった首都圏の自治体においても、対応が分かれました。東京都が協力金の支払いと合わせた休業要請を発表しました。その直後に、神奈川県と埼玉県は東京都と歩調を合わせましたが、千葉県は、数日経ってようやく重い腰を上げようとしています。

 ファクトに基づく政策判断であるのか、感染予防の科学的原則による政策判断であるのかの違いに、休業補償に必要な財政出動に関する判断の違いから、政府と都道府県の政策判断が統一されていない問題は混乱を招くだけではないでしょうか。

 休業補償の対象をできるだけ絞り込み、ファクトに基づく政策判断を積み上げていくことは、本当に感染拡大を防止することになるのかという疑問が湧いてきます。

 「接客を伴う飲食店」は、いわゆる「3密」の典型です。それでは、理美容が休業要請の対象に入らないことも理解できない。理・美容師自身から、「濃厚接触を避けることのできない営みだ」という指摘が相次いでいるからです。

 厚労省が設置したクラスター対策班の押谷仁(東北大学大学院教授)さんは、2回にわたるNHKのドキュメント番組で、社会経済活動を維持しながらクラスター対策を中心に感染拡大を防止することが、わが国の採れる唯一の方針だと説明しました。

 ところが、WHOで事務局長上級顧問を務める渋谷健司医師は、日本のクラスター対策を柱とする方針と緊急事態宣言への疑問を表明し、このままでは数十万人の死者が出ると指摘します(https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200409-00234205-diamond-soci)。

 厚労省のクラスター対策班の西浦博さん(北海道大学大学院教授)も、感染拡大を阻止するためには「人との接触を8割削減しなければならない」ことを繰り返し発信しています(https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/covid-19-nishiura)。

 西浦さんの専門家としての見解は「絶対に8割削減」で、「最低7割以上」ではありません。JRの利用率の3割減とか、東京の繁華街の人出が4割減とかでは全く足りないと言います。

 ところが、クラスター対策班と政治家との「せめぎあいの中で」、社会経済活動を維持する観点から「8割削減」が「値引きされてしまう」事実を西浦さんは明らかにしています。

 「人との接触を8割削減」という意味もまことに厳密です。「外出自粛」だけだと、家で飲み会をするとか家族で夕食会を開いて、家でクラスターを発生させてしまう。家の中を含めての「人との接触の8割削減」だと西浦さんは解説しています。

 ところが、緊急事態宣言以降も情報と課題認識の共有が進んでいないために、国民の行動変容はまだら模様が続いています。テレビニュースでは新宿や渋谷で人影が減ったという画像を垂れ流す一方、日刊スポーツは吉祥寺の商店街では人出が溢れていると報じます(https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/202004110000460.html)。

 営業の継続が認められているスーパーマーケットでは、家族全員で買い物に来る客の姿が、以前よりも確実に増えました。

 このようなまだら模様の状態は、「布製マスクの配布」が伏線になったように思います。感染者が飛沫を撒き散らさないように「人との壁をつくる」点では意味があるという説明を、一部の専門家も含めてしています。

 ところが、「布製のマスクは無意味」だから、インフルエンザの流行期になると、特別養護老人ホームや老人保健施設の入口では、アルコールによる手指消毒と不繊布マスクの着用を義務づけるための用意をしてきたのは常識です。

 4月6日のTBSラジオ「荻上チキSession22」で「福祉施設の現状と今、必要な支援とは?」を特集した中で、介護保険施設の職員が、施設に配布された布製マスクは「誰も使っていない」「こんなものを今さらどう使えばいいのか」と発言していたのは当然です。結局、政策への信頼を薄め、課題認識と行動変容の共有を難しくしたと思います。

 西浦さんの見解を述べた先のページは、感染防止のために何をなすべきかを理解する上でとても有益ですから、お読みになることを強く勧めます。

 このページで、政府からの独立性を担保する見地から、西浦さんが無報酬でクラスター対策班のお仕事をされていることを初めて知りました。クラスター対策班としての限界があるのであれば、「北大の西浦として」発信しなければならないとおっしゃっています。まさに科学者の鑑です。

庭に咲くサクラソウ

 サクラソウの花言葉の一つに、「青春の喜びと悲しみ」があります。

 新型コロナウイルスの感染拡大のあおりを受けて、バイト先をなくした学生が山のようにいます。バイトで稼がなければ学生生活を続けることの難しい学生のために、休業補償か給付型の特別奨学金、学費の無料化などの政策を速やかに実施する必要があります。

 大学が休校中でお金もないから郷里に帰らざるを得ない状況があるのに、若者は首都圏から地方に帰ってくるなというのは間尺が合いません。生存権の侵害です。