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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

医療における高齢者・障害者差別

 新型コロナウイルスの患者の治療で、高齢者・障害者への深刻な差別のあることを指摘するニュースが相次いでいます。

 まずは、Metroの報道です。

 アメリカの医療現場において、「新型コロナウイルスに感染したダウン症の人は、医療資源を節約するために死ぬまで放置される可能性がある」(People with Down syndrome could be left to die of coronavirus to ‘save’ medical supplies)と深刻な実態を報じました(https://metro.co.uk/2020/03/27/people-syndrome-may-lower-priority-live-saving-coronavirus-care-12466194/)。

 この記事で重要なところをかいつまんで解説すると、次の通りです。

 アラバマ州当局は「重度の精神遅滞、進行性認知症、重度の外傷性脳損傷のある人は、人工呼吸器のサポートに適さない」として、「人工呼吸器によるサポートの候補にならない」というガイドラインを発出しました。

 ワシントン州とアリゾナ州も同様のガイドラインを発出しています。これらの州の医療関係者には、「必要性のより大きい、または限られた医療資源に対してより良い予後をもたらす可能性の高い患者に医療資源を割り当てるよう指示されている」といいます。

 実際、ジョージア州の介護施設に暮らす67歳のダウン症のある女性は新型コロナウイルスに感染し、医者から治療を放棄されて亡くなったことを紹介しています。

 アメリカの障害のある人に係る人権擁護団体は、アメリカ保健社会福祉省(HHS)に対して、このような医療差別が起こらないことの保証を求めています。

 この記事のタイトルには「ダウン症候群」だけが出ていますが、脳性マヒ、自閉症スペクトラム、認知症の高齢者、外傷性脳損傷と、広範囲な疾患単位のある人たちへの治療の差別・選別が、当局のガイドラインによって実行されていることを明らかにしています。

 次に、朝日新聞の報道で、「医師から『感染しても病院で治療できない』 オランダ、高齢者に非情通告」(https://digital.asahi.com/articles/DA3S14446177.html?iref=pc_ss_date)です。

 オランダでも新型コロナウイルスの感染拡大が起こりました。そこで、アムステルダムの医療専門機関である「緩和ケア専門知識センター」は、次のような内容の基準をかかりつけ医に発出したと報じています。

 「余命が1年未満と慢性的に体の弱い患者は集中治療室に搬送しない」とする基準を再確認し、感染拡大時の医療崩壊を避けるためのガイドラインとして、救命対象基準をまずは80歳とし、後に70歳に引き下げたといいます。

 この記事でも事例が紹介され、82歳の男性がかかりつけ医からの電話連絡で、「もし新型コロナウイルスに感染しても、あなたは病院で治療を受けられません」と告げられたといいます。

 そこで、日本ではどうなのかがとても心配になります。

 3月末、千葉県の障害者支援施設で新型コロナウイルスの集団感染が確認されました。利用者の7割が感染していただけでなく、職員とその家族にも感染が広がっていたことが分かっています。

 この施設では、利用者の半数以上に対し毎日の検温を実施していなかったことが報じられています(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200331/k10012359411000.html)。

 つまり、この施設には、普段から利用者のバイタルチェックさえしていない根本的な取り組みの怠慢があります。これに加えて、新型コロナウイルスの感染防止についても必要十分な注意を払ってこなかった疑いを払拭することはできません。

 次に、この障害者支援施設での集団感染が発覚した後の対応に疑問があります。様々な報道を総合してみると、感染の確認された職員とその家族は全員入院したようですが、利用者については50人ほどの感染者の内8人が入院した他は、この施設に医師と看護師を派遣して対応しているということになっています。

 軽症または無症状の人に対する現実的な対応をしたとすれば、いたずらに批判するつもりはありません。しかし、自治体当局が軽症者と重症者とで対応の棲み分けを始めたのは、この施設の集団感染が確認されてから10日ほど後のことです。

 そこでもし、障害のある利用者をできるだけ施設にとどめておこうとする判断が当初からあったとすれば、差別の疑いがあることを指摘しなければなりません。

 新型コロナウイルスによる感染症は、1月28日の閣議決定によって感染症法にもとづく2類に指定されることになりました。SARSやMERSと同レベルの指定感染症に分類することによって、患者に対して入院勧告を行い、従わなければ強制的な入院措置をとることになったのです。障害のあるなしにかかわらず、原則として「患者は入院しなければならない」のです。

 もちろん、この仕組みが、無症状または軽症の患者も入院させなければならない法的義務規定となり、医療崩壊を招いてしまう問題のあることはすでに指摘されてきましたし、私も承知しています。そこで、緊急事態宣言の前後から、無症状又は軽症の人は「宿泊療養受け入れホテル」が用意されるようになったことは周知の事実です。

 しかし、障害のある感染症患者について、はじめから医療機関に搬送するのではなく、できれば施設にとどめておくとの判断がもしあったとすれば、この延長線上で、アメリカやオランダで起きている命に係わる差別選別がわが国でも生じる恐れがあると言えるのではないでしょうか。

 欧米では、差別するための線引きを「ガイドライン」という形で明文化するため、問題点の指摘と克服に向けた対抗的運動を速やかに展開できる面があります。それに対して、わが国には、関係者が「無自覚なままの差別」「無自覚を装った差別」をしておいて、問題点や責任の所在を不明確にしておく慣習と文化が根強くあります。

 そこで、高齢者施設や障害者支援施設における集団感染への対応において、感染症法2類に定める強制入院の原則を適用せず、どのような経緯から施設にとどまるように判断をしたのかについて、関係者は明らかにしておく責任があると考えます。

 新型コロナウイルスの感染防止の取り組みの中で、わが国は課題認識の共有に基づく国民の連帯を作ることに成功しているとは言えません。この困難を突き抜けて「共に生きる」営みを創ることが、今こそ私たちに求められています。

春の訪れ

 先の土曜日、あるドラッグストアの前を歩いていた丁度その時に、「マスク限定50袋を販売します。お1人様1袋でお願いします」という声が聞こえ、さっそく購入しました。1袋7枚入りで450円です。この値段は当たり前のようで、称賛に値する良心です。

 一か月ほど前まで、オリンピックをどうするかで揉めていました。みんなのつながり合いのなかに命があることを忘れてしまう愚かさは、人間だけの能力なのでしょう。

 なお、これからしばらくお休みさせていただき、5月11日から再開します。