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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

成年期の人権保護

 警察庁は3月3日、2021年(令和3)におけるストーカー・DV事案への対応状況を明らかにしました( https://www.npa.go.jp/publications/statistics/safetylife/dv.html )。

 まず、2021年のストーカー相談等件数は、19,728 件(前年比-461 件,-2.3%)とやや減少しました。

 ストーカー規制法にもとづく警告は2,055 件(前年比-91 件,-4.2%)と前年よりやや減少した一方で、禁止命令等は1,671 件(前年比+128 件,+8.3%、この内緊急禁止命令等は808件) と法施行後最多となりました。

 ストーカー被害者の性別は、男性2,442件(構成割合12.4%)、女性17,286件(同87.6%)と女性に偏位しています。

 被害者の年代は、20歳代(6,607件、34.3%)と30歳代(4,421件、22.9%)の合計で、全体の6割近くに上ります。しかし、60歳代(517件、2.7%)と70歳以上(401件、2.1%)を合わせると5%近くになる点については、高齢者虐待の関係者も注意を向けておくべきでしょう。

 次に、同年のDV(配偶者からの暴力等)についてです。

 DV相談件数は、83,042件(前年比+399件、+0.5%)とDV防止法施行後の最多を更新しました。2001年の3,608件、02年の14,140件からみると、この20年間における増加の勢いは深刻です。

 被害者の性別は、男性20,895件(構成割合25.2%)、女性62,147件(同74.8%)と女性に偏ってはいますが、男性の割合が年々増加し、今やDV被害者は4人に1人が男性です。

 DV事案の検挙の状況は、暴行5,230件と傷害2,509件が主要なところです。が、殺人2件、殺人未遂102件、傷害致死2件と命に係わる事案のあることも留意しなければなりません。

 DV防止法に基づく対応の中には、裁判所からの保護命令(接近禁止命令、退去命令、電話等禁止命令、これらの組み合わせもあり)があり、同年は1,334件でした。この保護命令は司法関与による対応で、保護命令違反は検挙されます。

 高齢者と障害者の虐待防止法にもとづく面会制限よりも強制力が高く、高齢者と障害者に対する虐待が夫婦間で発生している場合、DV防止法による対応の選択肢もありうることに普段から注意しておくべきです。

 NPO法人「全国女性シェルターネット」の共同代表である仲千里広島大学准教授は、2021年にDV相談件数が最多更新する背景には、Covid-19禍があるといいます(3月4日朝日新聞朝刊)。

 長引くステイホームや経済的苦境の中で、夫のいらだちが妻ヘの暴力に向かってしまうなど、以前よりDVの兆候のあった夫婦がCovid-19禍によって切迫した状況に追い込まれているのではないかと言います。

 しかし、仲さんは、DVの相談件数そのものは増えましたが、面談や安全な場所への避難等の具体的な支援には必ずしも結びついていない問題のあることを指摘します。

 家庭内部に不適切な養育・養護・夫婦関係のあるところをCovid-19禍が襲い、虐待やDVに発展しているのだが、具体的な支援にたどり着いていないケースはかなりあるのではないかと、私も考えてきました。

 ここには、二つの大きな課題があると思います。

 まず、Covid-19禍があぶり出す家族の日常的な不適切な相互関係とはどのようなものでしょうか。DV・虐待への対応とその防止の鍵は、それをどのように組み替えて改善していくのかという点にあります。

 Covid-19禍は一つ屋根の下に家族を押し込めて、生活と仕事の混在する密度の高い時空間をもたらしました。ここで発生したDVや虐待について、当事者の多くはCovid-19禍による仕方のない問題として耐え抜こうとし、カミング・アウトしない傾向を強めます。それは同時に、他者による通報にもつながりにくい状況です。

 この問題の根っこに、夫婦や親子が日常生活の中で十分に話し合って課題を共有しようとしてこなかった問題があります。「第三項」を共有することのない二者関係(母子、父子、夫婦、きょうだいなど)が独り歩きして、それぞれの思いや欲を力による一方通行で押し切ろうとする傾向があるのです。

 このような平時の日常生活世界が、Covid-19禍による風通しの悪い密の中で、煮詰められていったのではないでしょうか。

 すると、家族の抱える困難は、夫婦間や親子間という「二者関係」の問題に還元するだけでは改善できません。話し合いによって第三項を不断に共有できる家族関係への組み替えと、地域社会との支え合い・交流を含む「開かれた風通しの良さ」を作る必要があるでしょう。

 当事者家族が「Covid-19禍で仕方ない」と諦るのではなく、支援につながることによって、現代の親密圏にふさわしい家族イメージを共有し、それぞれの幸福につながる家族の新たな歩みを作ることができるというメッセージを、支援者と支援機関がこれまで以上に発信していく必要があります。

 もう一つの課題は、分離保護の実施についてです。DV・虐待事案の成年被害者を速やかに保護し、ひとまず安心・安全を確保することには、特別の困難があります。児童相談所に併設される一時保護所のように、分離保護を実施する目的に特化した社会資源がほとんど存在しないからです。

 婦人相談所にも保護所はありますが、設置か所数はごく限られています。民間シェルターも資金不足のことが多く、人材と場所の確保に困難を抱えています。以前、東京の民間シェルターが資金不足によって不適切な運営に陥った問題は、マスコミで大きく取り上げられました。

 高齢者・障害者の虐待で分離保護するための「居室の確保」は、グループホームや特別養護老人ホーム、障害者支援施設等の、既存の社会資源の使い回しであるか、民間のビジネスホテルで代用するかのいずれかです。

 日々の生活支援を行う既存の施設の使い回しは、緊急の保護を実施することにさまざまな無理を生じさせます。緊急ケースだからと言って、にわかに職員体制を変更することは難しいし、虐待対応支援に必要な専門性が職員に担保されている訳でもありません。

 かなりの数の市町村の「居室の確保」は絵空事か、それに近い状況です。そこで、市町村によっては、成年期のDV・虐待事案への対応方法の選択肢から「分離保護」が消去されているところも珍しくありません。

 DV相談や虐待通報があっても、被害者の安心・安全がまず確保される保障のない問題は、対応支援の幅を著しく制限し、被害者を諦観に追い込む温床にさえなっています。

 DV防止法、高齢者虐待防止法、障害者虐待防止法の分離保護に活用できる成年シェルターを制度化し、設置に国は盤石の予算手当てを図るべきです。成年シェルターの体制整備は、成年の人権保護の取り組みのこれからを展望するために必要不可欠な課題です。

雑司ヶ谷の法明寺鬼子母神堂

 他人の子どもを奪って食べながら、自分の子どもだけは大切に育てるという邪悪な鬼子母。釈迦が鬼子母の末っ子を一人隠したところ、鬼子母は悲嘆にくれて釈迦に助けを求めてきました。そうして、子を食べられて失った母親の苦しみを諭し、仏法に帰依させたと言います。以降、子育てと安産の神様となった鬼子母神。ここでは、相手を思う気持ちを持つだけでなく、いつくしみ合いの相互関係と所作につながる「改心」があったのでしょう。

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