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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

50年前のヨーロッパ福祉事情

 石坂直行さんの『ヨーロッパ車いすひとり旅』(日本放送協会出版、1973年)を再読しました。身体障害のある石坂さんは、1971年に「付き添いなしで車いすのまま」(前掲書「まえがき」)ヨーロッパ10か国を旅行しました。その貴重な体験記です。

 改めて驚きました。50年前のヨーロッパにおける障害のある人の暮らしの豊かさと幸福度は、現在のわが国よりもはるかに充実しています。率直に言いますが、現在の日本は、どうして障害のある人が暮らしづらく、不自由なままであるのか根深い疑問を抱きます。

 この本の再読は、今年の授業のゲストにお招きしている障害のある人たちから、異口同音に語られた問題の指摘がきっかけとなりました(10月25日11月22日のブログ参照)。

 街中で見知らぬ人たちから差別的な言葉を投げかけられること、特別の視線でじろじろ見られること、タクシーの乗車拒否や首都圏の駅の無人化によってモビリティが保障されないこと、それでいてパラリンピックはインクルーシヴ社会の実現を謳うことなどの問題が指摘されました。

 とくに小澤綾子さんからは、駅の乗車介助はどうして駅員だけの仕事になっているのかという疑問が投げかけられました。

 電車の乗降介助は、安全確保の必要と万が一の補償問題が絡むために「駅員の仕事」となっているのかも知れません。しかし、首都圏の電車と駅には一般市民が溢れるようにいるのですから、その人たちの中に車いすの障害のある人の乗降を手伝う人がいてもいいのではないかという問題提起でした。

 そこで、私は「そういえば、石坂さんの体験記は、『付き添いなしの車いすひとり旅』だったから、50年前のヨーロッパ事情はどうだったのだろう」と思い返し、読み直すことにしたのです。

 この本の中に出てくるヨーロッパの国々は、北欧のデンマーク、スウェーデン、フィンランドにはじまり、オランダ、ドイツ、フランス、スイス、イタリア、ギリシャ、イギリスの10か国です。

 いずれの国も歴史的な景観を大切にする国々ですから、石畳の歩道もあれば、建物の入口に階段や段差があるのは当たり前です。しかも、50年前の話ですから、車いすの人が一人では使えないタイプの古いエレベーターもあります。

 この本のあちらこちらで、障害者の使えないエレベーターや段差の前で車いすの石坂さんが佇んでいると、通りがかりの人や周囲の人がすぐに介助の支援をする場面が登場します。街中の市民が「傍観者」である国は、どこにもありません。必要に応じて、市民同士が「関心を向け合う」所作をコモンセンスとしているのでしょう。

 デンマークのハイヤーには驚かされました。介助の必要な人たちのためのハイヤーが社会的に用意され、その運転手は車いす介助のための特別のトレーニングを受けています。

 街中で車いすの移動介助をするとき、階段でしか上下移動できない場面に直面することがあります。通りがかかりの人に声をかけ、複数人で車いすを持ち上げる協力を得ることができればいいのですが、周囲に誰もいないときもあります。

 このような場合、車いすの小さな前輪を浮かし、大きな後ろの車輪だけで階段を昇降するように引っ張るか押し下げるやり方があります。私の授業でも、階段に直面してやむを得ない場合の介助方法として教えてきました。

 北欧の国々の人口密度は低く、周囲に人が見当たらない状況は日常です。そこで、デンマークのタクシーの運転手は、数十段ある階段の上り下りを介助者一人でこともなげにしています(60‐64頁)。

 この方法は力技で介助者に筋力が無いとできません。この本に登場するデンマークの介助タクシーの運転手は元軍人で、今の仕事に誇りを持っているように感じました。「UDタクシー」と言いながら、車いす障害者を乗車拒否する現代の日本とは大違いです。

 コペンハーゲンを訪問したとき、身障者とセックスについて石坂さんが質問しました。現地の案内役を務める車いすの身障者は、「何の問題もない」「たった一つの条件は、カギのかかる自分の部屋を持つことだ」と言います(51‐52頁)。

 相手はどうやって見つけるのかという質問に対しては、「くだらない質問だと言わんばかりの顔で」、「友人が連れてきて紹介するから、その中から好きな人を選んで、次には一人で来るように電話するのだ」。

 当時の日本はまだ恋愛結婚より見合い結婚の方が多い時代ですから、石坂さんが「結婚していても愛情のない夫婦はある」というと、「ではどうして日本は人口が増えるのか」「愛情のない性交とは何か」と現地の身障者から質問責めにあっています(前掲書52頁)。

 指先がかろうじて動くだけの、筋ジストロフィーのある人が、身障者住宅で独り暮らしをしている様子が書かれています。住宅は完璧なバリアフリーが施されており、ホイスト(日本の言い方では「介護用リフト」)であらゆる生活場面の移乗を一人でこなし、電動車いすで何不自由なく地域で買い物をし、自分一人で食事も作っているのです(58~60頁)。

 この時代の北欧の障害者用住宅は、日本の狭い住まいである「ウサギ小屋」とは全く違います。とても広く、しかも一つの建物の中で障害者用住宅と一般家族の入居住宅が混在しています。

 スウェーデンでプログラミングの仕事に就いている身障者の介助の様子です(89‐91頁)。

 朝6時半に起床すると、最初の介助者は洗顔・整容・出勤用身支度を支援して帰り、次に別の介助者が朝食の支度のためにやって来ます。その後、トランスポート・サービスが出勤先までの移送を支援し、会社で使う電動車いすへの移譲も手伝います。帰りも同じトランスポート・サービスが支援します。

 この人は、金曜日に一週間の仕事を終えると、トランスサポート・サービスに公衆浴場まで移送してもらい、サウナで汗を流し、プールで泳ぐのです。週末は映画館にもよく行くので、そのときにもトランスポート・サービスを使います。

 これらの介助者はすべてプロです。日本のように「非専門的サービス(三浦文夫)だからボランティアでいい」などという発想は微塵もありません。

 また身障者の多くは、かなり重度の障害があろうとも、それぞれに障害を配慮して改造した自動車の使用を保障し、一般就労で働き、週末には身障者スポーツを仲間とエンジョイして、自立した地域生活を送っています。

 通勤に使えない「移動支援サービス」と仕事中は使えない「介護サービス」があり、入所型の障害者支援施設から出れば、退所後の生活がどのような内容であれ「地域生活移行」(制度上は、ホームレスになっていても「地域生活に移行」した人数にカウントされます)という現在の日本の現実は、一体何なのでしょう。

 石坂さんの『ヨーロッパ車いすひとり旅』に登場する国々は、すべて資本主義国です。すべての人が幸福追求のできる社会的諸条件を整えて、自律した暮らしの中でそれぞれの幸福を実現できるようにしています。これが50年前の「昔話」です。

 わが国は今から40年前に、「日本の社会保障制度は、福祉先進国にキャッチアップした」と宣言しています。政策の貧しい実態を大嘘で糊塗する手法は、金輪際、止めにしましょうよ。

松本哲也さんからのビデオレター

 さて、私の授業のゲストに今年もシンガーソングライターの松本哲也さんをお招きします。それに先立って、松本さんから「Covid-19禍とミュージシャン」をテーマにビデオレターを戴き、授業で共有しました。松本さんの語りの概略は次のようです。(詳しくは、https://jpn01.safelinks.protection.outlook.com/?url=https%3A%2F%2F27.gigafile.nu%2F1214-i288ab567fa788d6fb1176ace3afefc7d&data=04%7C01%7Cmunesawa%40mail.saitama-u.ac.jp%7C29b8b38b4976441f399508d9b39c3ad7%7C0523af6904254a8d9827ee7292c5d821%7C1%7C0%7C637738307006610679%7CUnknown%7CTWFpbGZsb3d8eyJWIjoiMC4wLjAwMDAiLCJQIjoiV2luMzIiLCJBTiI6Ik1haWwiLCJXVCI6Mn0%3D%7C1000&sdata=DVT9WhnQHJ4LEV7%2FFueqhqRulVr6tTltqlBHx5U2Y%2FM%3D&reserved=0で視聴して下さい)

 ドイツのメルケル首相は、昨年5月、文化・芸術領域のミュージシャンやアーティストを励まし、皆さんは国民にとって必要不可欠な存在であり連邦政府のプログラムによって最大限の支援を行うことを表明ました。それに対しわが国の文化・芸術領域の支援の実態は、対応は遅く低額で、的外れな内容にとどまるものです。そこで、転職を余儀なくされる人が続出し、中には自殺者まで出ています。このような現状をみんなの力をあわせて変えていこうと呼びかけるとともに、窮状に追い込まれて孤立し、Covid-19禍で言葉を失っている人たちに最後まで寄り添い励ますことのできるミュージシャンでありたいと私は考えています。