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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、埼玉大学教育学部にて教鞭をとる。
さいたま市障害者施策推進協議会会長等を務め、埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

八方ふさがりの子どもたち

 今年度の子ども虐待対応件数の増加は予断を許さない状況にあることを前回のブログで触れました。この背景には、Covid-19禍に伴う女性の雇用状況の悪化に保育所と学校をめぐる問題があります。

 先週土曜日のNHKスペシャルは、Covid-19禍での女性の雇用危機の実態を伝えました。

 緊急事態宣言以降、雇用者の減少は男性の32万人に対し女性は74万人に上り、女性の自殺者は82.8%も増加しています。特に、子育ての渦中にあるシングルマザーや共働き世帯の母親の収入減が家族全体の生活困難に直結し、子どもたちへのしわ寄せを招く事態になっています。

 この背景には、2016年施行の女性活躍推進法の下で、実際に増加した女性雇用者の7割が非正規雇用であるという雇用構造をCovid-19禍が直撃し、収入減や失業につながった問題があります。

 このNHKスペシャルでは、「共働き世帯」の中でも家事育児は女性(母親)の役割になっている問題を改めて明らかにしていました。家事育児をもっぱら女性が担う性別役割分業は、子育てと両立できる仕事の時間的制約から、女性が非正規雇用にしかつけない傾向的構造を作り続けるのです。

 「女性活躍社会」の真の実現には、このような家父長制的な性別役割分業を克服することも必要不可欠でしょう。

 次に、学校の問題です。

 国立成育医療センターの調査(9~10月)によると、「学校に行きたくない」と思った小中高生は3割強を占め、「コロナのことを考えると嫌な気持になる」との回答は73%となり、4~5月調査の75%、6~7月調査の72%に続いて高止まりしている実態を明らかにしました(https://www.ncchd.go.jp/center/activity/covid19_kodomo/report/finreport_03.html)。

 この調査では、家族が「コロナによる変化について」分かりやすく教えてくれるかどうかに対して「全くない」10%、「少しだけ」12%、学校の先生が「(コロナによる生活の変化に関連した)考えを(あなたが)話せるように、質問したり確かめたりしてくれますか?」に対して「全くない」10%、「少しだけ」12%であることも示しています。

 2割強の子どもたちが、Covid-19禍に伴う不安感情にふさわしいケアを家族や学校から受けていないことを明らかにしているのです。現在の学校という「学びの空間」は、みんなで困難を跳ね返していくための知恵の出し合いや支え合いにはほど遠いところであることを雄弁に物語っています。

 このような子どもたちの厳しい現実に学校としての対応を熟慮するより、学校の再開に「医療従事者に感謝の拍手をする」ことから始めたところでは、子どもたちの学校への不信を強めたでしょう。自営業(とくに飲食業)の親も、仕事部屋のない自宅でテレワークする親も、失業した親も、みんな真剣にCovid-19と闘っているのですから。

 次に、保育所で不適切な保育や虐待が増加している実態が指摘されています。この背後には、保育の質を担保しないまま経営主体を多元化し、保育所を急増させてきた問題の深刻さがあります(https://digital.asahi.com/articles/ASN9Y61BTN9YUTFL00C.html)。

 朝日新聞デジタルの記事は、顔や背中をトイレでたたく、おやつを無理やり口に押し込む、着替えなどの際に「早くしろ」「うるさい、黙れ」などの暴言を吐く等の事実を報じています。

 「顔や背中をトイレでたたく」という行為は、子どもを他者の目に触れないところに連れ込んで身体的虐待に及ぶのですからかなり悪質な行為です。もし、子どもに加療が必要な事態になるのであれば、刑事事件にすべき事案です。

 このような保育所の現実は施設を急増させてきた都市部に蔓延しており、子どもたちの成長と発達に資する保育とはかけ離れた子どもたちへの関与が日常化しています。

 保育所不足の問題から施設を急増させてきただけに、保育の質に問題があることの指摘を受けても自治体は重い腰をなかなか上げようとしません。結局、子どもたちは誰からも守られることなく、子どものたちの権利侵害が放置されているのです。

 「女性活躍社会の実現」のかけ声の下で、多くの女性は非正規雇用に就き、景気の調節弁に位置づけられてきました。

 家庭や学校は、子どもたちを慈しみ育む場でありながら、本来の役割を果たせない事態に陥っています。

 保育の質を担保することに十分目を留めることなく施設の数を増やすことだけに腐心してきたことが、保育士による不適切な保育と虐待につながっています。

 これらはすべて、わが国が構造的に抱えていた問題をCovid-19「禍」が明るみにしただけの問題ではないのでしょうか。構造的な歪は、社会の裂け目となって拡大し、Covid-19禍の下で「人災による犠牲者」を生み出しています。

川越氷川神社のポスター

 埼玉県の川越の地名の由来は、川越氷川神社の説明によると「川を越えてたどり着くところ」にあるそうです。この自然地理にもとづくネーミングに「長い歴史の中で、いくつもの危機を乗り『越え』てきた」(同神社の解説文から)ことを引っ掛けたポスターのようです。

 「アマビエ」の流行にもいささか考え込んでしまいます。Covid-19に伴う厳しい生活現実とそれに対応していない政策とのギャップを前に、困難を受けとめきれないまま空想に思いを託すほか術を無くしているのかも知れません。