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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

働く取り組みの文化的刷新


 さいたま市障害者施策推進協議会の会長をしていた時代、地域の働く取り組みの抜本的改善が必要不可欠だと考えていました。その契機となった二つのエピソードを踏まえて、働く取り組みの刷新について考えてみたいと思います。今回はその一回目です。

 私のゼミで、全国各地の働く取り組みとその製品についてくまなく調べていたことがありました。その中で、特に注目した二つの取り組みがありました。

 一つは、先日のブログでも取り上げた北海道新得町の社会福祉法人厚生協会わかふじ寮の取り組みです(2023年7月10日2013年9月9日17日30日のブログ参照)。もう一つは、宮城県蔵王町のはらから福祉会「蔵王すずしろ」の取り組みでした。

 はらから福祉会の大豆加工製品に係わる働く取り組みは、武田元さん(現、理事長)の案内で3日かけて詳しく視察させていただきました。そこで知り得たことは後述するとして、まずはお土産に持ち帰った蔵王すずしろの「木綿豆腐」と「青豆豆腐」の試食会の話から紹介します。

 蔵王すずしろの豆腐の試食は、大学職員、学生、障害のある子どもの親御さんに集まってもらい、昼食会の形でグループごとに計3回開きました。参加者はお握りだけ持参し、豆腐を冷奴のまま薬味いろいろで味わってもらい、皆さんの意見や感想を交流しました。

 すべての参加者が例外なく「とても美味しい」と評価しました。当時の値段で800gの木綿豆腐が280円で、「この味で2丁分以上の豆腐がこの値段なら購入したい」との感想が大勢を占めました(なお、市販の豆腐は、1丁350gが標準です)。

 普段からとても忙しい大学の職員は、「少し値の張る豆腐だけれども、週末に美味しい豆腐を食べたいと思ったら必ず買います」と。学生は「みんなで集まって食事会をするとか、何かの記念日には打ってつけの豆腐だ」と。この場に利害関係者は誰もいませんから、それぞれの率直な感想と受けとめていいでしょう。

 そして、障害のある子どもを持つ親御さんたちからは、いささか異なる意見が大勢を占めました。「蔵王すずしろで働くことのできる障害のある人は幸せですね。でも、さいたま市にはどうしてこのような支援施設・事業所はないのですか?」と。

 豆腐を試食する昼食会では、はらから福祉会の働く取り組みを視察して得た情報を参加者に伝えています。この取り組みは、都市部にありがちな工賃のあまり上がらない「働く取り組み」とは一線を画するものでした。

 まず、はらから福祉会における働く取り組みの事業目標は、親・家族に経済的な依存をすることなく、地域での自立生活を実現できる収入の確保であることを明確にしています。具体的には、障害基礎年金との合計で月額15~16万円の所得(当時)にすることです。

 当時は、もっとも多い人の工賃で12万円、もっとも少ない人で5万5千円でしたから、障害基礎年金と合わせた所得金額の目標は、ほぼ達成しつつありました。

 高い工賃の人たちはもめん豆腐や油揚げの作業を、少ない人たちの作業は、オカラを真空パックに詰める作業をそれぞれしています。オカラを真空パックに詰めている人たちは、障害の程度の最も重い人たちで、埼玉県内だと5千円~1万5千円程度(当時)の工賃しか出てこない障害の程度に該当します。

 宮城県内で自立生活に必要な所得を得るためには、仙台市に出て就職する以外に道はありません。宮城県内陸部にある養護学校(現、特別支援学校)の卒業生は、住み慣れた地域を離れない限り、親・家族への経済的依存から脱却して、真の地域における自立生活を実現することは不可能なのです。

 そこで、武田元さんは、就職のために仙台市に出なくても地域での自立生活をその人らしく展望することができるために、所得保障につながる働く取り組みと生活支援システムを構築する構想を立てました。

 同福祉会の現在のホームページで、武田さんは「障害の重い人の働く営みを物づくりだけで考えると限界」があることを踏まえつつ、利用者賃金(工賃)時給700円を目指していると明らかにしていますから、最低賃金の約7割の保障が働く取り組みの目標であることが分かります。

 次に、大豆加工製品の取り組みをコアに据えた理由についてです。

 はらから福祉会には、工賃を目標金額に近づけるための試行錯誤の時代がありました。当初、陶芸づくりをしていた頃、生産性と品質の向上に販路拡大等のあらゆる努力を重ねても、月額工賃は2万5千円が限界であることが分かりました。

 次に、さまざまな商品を仕入れて販売する取り組みを行ったところ、コンスタントに売れ続ける唯一の商品が豆腐であることに気づきます。そこで、豆腐作りの試行錯誤が始まりました。この辺りは、元商業高校の経理の先生だった武田さんならではの見極め方です。

 豆腐作りに最適な大豆といわれる「フクユタカ」(福岡県・佐賀県の生産量が多い)などの県外産を材料に用いず、宮城県産の「ミヤギシロメ」やズンダ餅の材料として生産の盛んな青大豆を使った品質の高い豆腐作りを目指しました。

 この試行錯誤を重ねる中で、豆腐作りに必要な条件整備とネットワークづくりを進めていくのです。

・蔵王連峰の上質な伏流水がふんだんに使えるはらから福祉会の立地条件は、豆腐作りのアドバンテージであること
・仙台の老舗豆腐屋である「森徳とうふ店」の豆腐製造に係わる技術的な協力(知的障害を考慮した製造工程の考案を含む)を得たこと
・地域の大豆生産者組合との間に大豆の安定供給の申し合わせを取り付けたこと(国内外の大豆生産の豊作・不作等によって価格変動を含む大豆の供給は不安定さを免れないため)
・『地域資源活用食品加工総覧』(農村漁村文化協会)を参考に、油揚げや豆乳を使ったお菓子類など、多彩な大豆加工製品の商品化に努めたこと
・「みやぎコープ」(宮城県内の全世帯の73%が加入)の定番商品に位置づいたこと
・地域で暮らすグループホームを、古家の活用ではなく、グループホーム専用住宅を建てて整備すること

 これらの取り組みは、知的障害のある人たちの地域で働くことと暮らすことの文化的刷新であり、知的障害のある人たちの「幸せづくり」です。私は視察の最後に、現地の大豆生産者組合の方に話を伺いました。

 「大豆の安定供給について、最初、町から話を伺った時、生産量全体から言えば何とでもなる量だと思い、『障害者福祉に一つ協力してやるか』といった気持ちではじまった」

 「するとほどなくして、『蔵王すずしろの豆腐は美味い』という噂があちこちから耳に入るようになったので、買って食べてみると、これは本当に美味しい。みやぎコープが扱い出すと、地域の『道の駅』でも販売するようになったのでびっくりした」

 「何かの用事のついでに、蔵王すずしろに立ち寄って、豆腐作りやオカラの袋詰めで一所懸命に働く姿を見て、俺たちは地域に広く根付いた豆腐作りの原材料を提供しているんだと誇らしく思えてきた」

 このようなはらから福祉会の取り組みを支える職員の構成は、いささか斬新です。福祉を専門とする職員は1人しかおらず(当時)、その他大勢の職員はすべて食品加工に係わる専門性を持った専門学校・大学の卒業生です。

 幹部職員は、宮城県内の養護学校(現、特別支援学校)の元教員で、職員に対しては、障害に関する専門的な支援の現任訓練やOJTに責任を負う一方、障害のある人の工賃を上げていく生産・販売の取り組みに責任を持つことが明確に位置づけられています。

 大豆加工製品の製造と販売に係わる収益が下がれば、障害のある人たちの工賃も下がることになります。そこで、施設単位で原材料の仕入れと製品の売り上げが厳密に管理され、収益の下がった施設の施設長(管理者)は降格させられる人事ルールが運用されています。

 以上のような取り組みの全体を受け、私の研究室で開いた蔵王すずしろの豆腐試食会に参加した皆さんが豆腐に舌鼓を打ち、さいたま市の障害のある子どもを持つ親御さんたちが「蔵王すずしろで働くことのできる障害者は幸せだ」と羨望の気持ちを抱くことには、心底納得できます。

 はらから福祉会から豆乳だけを仕入れて、あまり売れない豆腐を作っている障害者支援施設・事業所との違いは明らかです。

 次回のブログは、もう一つのエピソードを紹介して、働く取り組みの改善に資する論点を整理したいと考えています。

アヒル‐家禽のため飛べません

 民間企業の疾病保険の一つであるガン保険の宣伝に、アヒルが登場します。インタビュアーの櫻井翔さんと脚本家の三谷幸喜さんが登場するテレビCMでは、ガン患者の「不安の絡み合う状態」がキーワードになっています。保険商品の宣伝としては満点。

 民衆がさまざまなライフイヴェントに直面して安心できない状態を政策的に放置することが、保険会社のビジネスチャンスを産出し続ける絶対条件です。つまり、公的な社会保障・社会福祉で安心できないことが決め手。事業者報酬の猫目のような改訂も同様で、障害福祉事業者を「不安の絡み合う状態」に晒しておくところに、営利セクターのビジネスチャンスが生まれます。