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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

「吹き寄せ」の弊害


 福祉・介護領域の待遇はよくないという印象が世間でいたずらに広まっているようです。これははたして本当なのでしょうか。

 結論から言うと、福祉・介護領域の支援者の待遇を一括りにして「待遇がよくない」と決めつけるのは間違いです。正規雇用と非正規雇用の相違、雇用の長期安定性、地域ごとの賃金水準、退職金の有無等を考慮した場合、一括りに評価することには無理があります。

 非正規雇用については、多くの業種・業態で待遇の良くない実態がありますから、福祉・介護領域に固有の問題ではありません。すべての仕事の領域で非正規雇用の比率が高くなったのは、派遣労働と非正規雇用をセットで拡充する労働政策を、国と財界が二人三脚で進めてきたからです。

 協力と連携が必要不可欠で、ワン・チームでの仕事が求められる福祉的支援の仕事が、「同一労働・同一賃金」を原則としないことの弊害がまことに大きいのは事実です。しかし、その問題は今日のテーマではないため脇に置きます。

 福祉・介護領域における待遇について、ひとまず正規雇用職員を念頭に、地方部と都市部に分けて考えてみることにします。都市部と地方部では、賃金水準に大きな開きがあるためです(https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2021/dl/10.pdf)。

 都道府県ごとの賃金水準(2021年月額)でみると、全国平均(307.4千円)より高いのは6都府県(東京都、神奈川県、愛知県、京都府、大阪府、兵庫県)で最も高いのは東京都(364.2)です。低いところでは、宮崎県(244.6)、青森県(245.0)、秋田県(247.5)、岩手県(249.6)、沖縄県(250.8)、鳥取県(251.6)と続きます。

 東京都と宮崎県の賃金水準の開きは約1.5倍です。しかし、住居費の開きは1.5倍にとてもおさまりませんから、賃金水準だけで地方部の待遇は低いと決めつけると間尺は合わなくなります。

 土地の公示価格(https://tochidai.info/public-price_prefecture-ranking/)でみると、東京都は115万9668円/㎡、宮崎県は4万0011円/㎡で、東京都は宮崎県の約29倍の地価となります。これは一つの目安に過ぎませんが、家族形成と住宅取得に係わる困難の、都市部の大変さは明らかです。賃貸でもこれに近い状況があるでしょう。

 そこでまず、地方部における正規雇用の支援者の待遇について考えます。同じ地域の他の業種・業種と比較した場合、必ずしも低い実態にあるとは言えません。介護保険施設・事業所は無論ですが、障害福祉領域においてもそうです。

 社会保険の完備を前提に、賃金水準、長期安定性、退職金の保障等を含めると、地域によっては、小規模な市町村の役場職員の待遇に接近するところも珍しくありません。

 実際、人口の少ない市町村で複数の施設・事業所等を運営する社会福祉法人は、職員数で自治体の職員数よりも多く、それなりの待遇で、安定した雇用先であることに大きな存在感を持っています。

人口減少と少子高齢化が急速に進展する地域では、多くの産業の衰退または廃業が進んでいるため、福祉・介護領域の職場はかつてよりも雇用先としての重要性を増しています。

 例えば、北海道新得町は、かつて国鉄時代の鉄道産業に、北海道産木材の集積地で林業と木材加工を主要産業としたところです。これらの産業が衰退する中で、社会福祉法人厚生協会は、地域の基幹産業としての福祉・介護事業のパイオニアとして発展してきました(2013年9月9日17日30日のブログ参照)。福祉・介護事業の発展と同時に、地域の雇用先としても、道東におけるはかり知れない社会的役割を果たしています。

 新得町には、このような地域性を背景にした共働学舎新得農場があり、様々な事情や心身の妨げを抱えている人たちが共に働くチーズ作りの農場もあり、地域の知的障害に係わる当事者団体も高く評価しています(https://www.kyodogakusha.org/)。このチーズはたとえようもなく美味ですよ。

 このような好例がある一方で、地域の大規模事業所としての存在感をテコに、市町村行政と悪しき「なあなあの関係」を続けているところもあります。

 このような社会福祉法人の中には、職員給与総額の半分を理事長、施設長及び事務長で取り分け、残額をその他大勢の職員に割り振るようなところも見受けられます。これは労働組合や評議員会があるべき役割を果たしていない問題です。

 役場職員の息子や娘を地元で就職させるために、社会福祉法人への就職で便宜を図ってもらうケースや、首長の親族や地縁関係者が社会福祉法人の理事長をしている等の事情から、市町村と社会福祉法人の癒着は構造的に継承されているのです。

 複数の県の職員から私が直接聞いた話ですが、障害者支援施設・事業所の虐待に係わる通報について、社会福祉法人と市町村の間に「もみ消す」談合が横行している地域もあります。通報は、市町村で握りつぶされるため、都道府県に通報し直さない限り、露見しない敷居が設けられていることになります。

 このような地域の虐待通報には、さらに特別の、強力なバイアスがかかっています。社会福祉法人への就職は、地縁血縁という地域の支配的秩序に組み込まれて成立しているため、「おいそれとは虐待通報できない」という心情に多くの職員を縛りつけるのです。

 このように多様な良し悪しの実態はあるとしても、地方部における福祉・介護の仕事は、待遇と雇用の長期安定性の点で、確実な地歩を占める存在です。

 次に、都市部の福祉・介護領域における待遇問題についてです。都市部は仕事の選択肢が多く、先に示した賃金水準の高い6都府県では福祉・介護領域の待遇が高いとはいえないでしょう。

 Covid-19の前、東京都内の飲食やファーストフード系の時給は人手不足からどんどん高くなり、福祉・介護領域よりもはるかに高い局面(23区内の飲食の時給は時間帯によっては2千円近くになっていました)を迎えたことがありました。

 しかし、この数年のCovid-19禍は、福祉・介護領域の待遇が必ずしも低い訳ではないことを客観的には明らかにしたと私は理解しています。

 Covid-19禍は、時給単価の高い時節があるとしても、非正規従業員が「景気と経営の調節弁」に過ぎない実態を露わにしました。そこで、安定雇用の長期性を期待できる福祉・介護領域の職場は、待遇の点で客観的なアドバンテージを提示することになったはずなのです。

 それでも、ほとんどの障害福祉の現場からは「Covid-19禍でも人が来ない」という嘆き節が絶えることなく続きました。一体何が問題なのでしょう?

 福祉・介護の領域に「人が来ない」という問題は、かなり昔からのものです。十年一日、いや五十年一日くらいの深刻さで、施設・事業所の管理者クラスからは絶え間なく愚痴を聞かされてきました。

 この問題にはいささか複雑な事情が絡んでいると考えています。少し回り道になりますが、この問題を紐解くためのあるエピソードを紹介します。

 私の友人は、障害者施設(当時は、知的障害者入所更生施設と通所授産施設)の職員を7年間ほど勤めた後、精神医学ソーシャルワーカー(PSW)に転じました。この転職は、PSWを当初から目指したものではなく、結婚による転居によって勤務先の地域を換えなければならない必要からのものでした。

 それから数年が経って再会の機会があり、その時の転職が話題に上りました。彼は、施設職員の仕事には「独特の疲れ」があったと言います。PSWの仕事は、枠組み、基軸、目標がはっきりしているが、施設の仕事は何でもありで「消耗感が大きい」と。

 一日の仕事内容は、施設利用者のすべての日課に係わっており、それぞれの利用者の担当職員は決まってはいるが、状況に応じて、どの利用者にも対応しなければならない現実があります。

 介助(食事、排泄、入浴、衣服の着脱、口腔ケアなど)、日中活動支援、働く取り組みの支援、不断のコミュニケーション、業務日誌への記録、行事の準備、利用者会や家族会への対応、研修への参加と準備、外部機関との連携、様々な会議、その他の雑用(トイレが詰まった、食堂で汁椀がひっくり返った等の不断のアクシデントへの対応)…。入所施設ではここに、早出・日勤・遅出・夜勤の変則勤務が重なります。

 まっとうな施設ほど、職員の学習課題は「てんこ盛り」になります。障害特性、ケアマネジメント、介護スキル、連携支援のスキル、支援の記録方法、強度行動障害支援者養成研修、サービス管理責任者研修、虐待防止研修等…。課題が多すぎて、どれもこれも消化不良となりがちで、研修資料や買い込んだ書籍は「積ん読」状態になっていく。

 やらなければならないことは、山のようにあって「どれもこれも大事」だが、「どれもこれもはやり切れない」。そこで、島倉千代子の「♪人生いろいろ♯」状態に陥り、仕事の枠組みや基軸の定まらない業務に埋没して神経を消耗する。

 ここに施設職員の仕事の大変さがあり、この大変さは福祉・介護領域の多くの仕事が共有する苦労なのではないか、というのが私と友人の結論となりました。

 前回のブログで指摘したように、仕事の枠組みや基軸の明確でない「福祉・介護は諸科学の吹き寄せ」状態が、多様で拡散した業務につきまとう独特の消耗感や疲れをもたらすのです。

 障害特性や要介護状態にかかわる専門性が乏しく、適切な目配りのできない職員の場合、福祉・介護の営みは単に「他者の日常生活をあれこれお世話する仕事」となり、「面倒で、達成感はなく、ただ疲れる仕事」という傾きを強めます。

 利用者には、福祉・介護の支援によって生活と生命を大きく左右される日常があります。だから、支援者には不適切な支援をしないことへの細心の注意が求められるのですが、「やることいろいろ」「障害特性いろいろ」「ニーズいろいろ」で、専門性の乏しい職員は、何に注意すればいいのか分からず仕舞いのまま、仕事の運びが散漫になっていくのです。

 すると、福祉・介護の仕事は「面倒で、達成感がなく、ただ疲れる仕事に、他者の生活と生命に係わる大きな責任まで負わされる」という受けとめが「割に合わない大変さ」を浮上させてしまうのです。

 福祉・介護領域に「人が来ない」のは、待遇面だけでなく、枠組と基軸の定まらない「吹き寄せ仕事」の実態に、多様な困難のある人を支援することにつきまとう責任と倫理の大きさ等が絡み合った複合的問題です。

シジュウカラの巣作り

 2週間ほど前から庭にシジュウカラのつがいが頻繁にやってくることに気づきました。野鳥たちは、人間の住まい探しと同じように、育雛にふさわしい「物件の下見」を重ねた上で、巣作りの場所を決定します。画像の上が♂で、巣箱の入り口にいるのが♀です。

 わが家の庭にかけておいた巣箱を果たして気に入ったのでしょうか。シジュウカラは二語文で会話しますから(3月13日ブログ参照)、つがいは何を話しているのでしょう。

♀「川越だと、ここで手を打つしかなさそうね、あなたどう思う?」
♂「広い樹洞物件は望み薄だし、あってもアオバズクに取られちゃうしね。まっ、大家さんが親切そうだから、ここで我慢するか」
♀「SDGsなんて言うなら、異次元の野鳥の子育て支援策も少しは考えたらどうなのよ」
♂「そんなに腹を立てるとお腹の卵によくないよ。」
なんて言い合っていたりして(笑)

 昨日は、♀が巣作りの最終段階に必要な動物の毛をたくさん咥えて巣箱に入りましたから、10日後辺りから抱卵が始まるかも知れません。楽しみです。