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山口晃弘の超幸齢社会の最幸介護術

山口 晃弘(やまぐち あきひろ)

超高齢社会を実り多き「幸齢社会」にするために、
介護職がすべきこととは?
元気がとりえの介護職・山口晃弘が紡ぐ最幸介護術。

プロフィール山口 晃弘 (やまぐち あきひろ)

介護福祉士、介護支援専門員。1971年、東京都生まれ。高校卒業後、設計士、身体障害者施設職員を経て、特別養護老人ホームに入職し、介護職・生活相談員を務め、その後グループホームの管理者となる。
現在、社会福祉法人敬心福祉会 千歳敬心苑の施設長。著書に『最強の介護職、最幸の介護術』(ワニブックス、2014年)がある。

著書

『最強の介護職、最幸の介護術』
『最強の介護職、最幸の介護術』

「20年の時を経て」

 私事ですが、今月で49歳になります。
 学生時代、空手に夢中になっていた10代から20代…。まだ昨日のことのように思い出します。「人生なんて瞬きしている間に終わってしまう」。年齢を重ねるたびに、その言葉に重みを感じるようになりました。

 私が高齢者介護の仕事に就いたのが、29歳のときでした。介護保険が始まった年。いろんな意味で混乱期にあった介護現場に、資格も経験もなく飛び込んだあの日から20年。

 措置時代からの変化を退職のタイミングと読み、退職者が続出していたときでもありました。私が勤めた職場も、まるで総入れ替えのように職員が退職しました。
 介護という概念(実践)も大きく変化したと思います。当時はまだ布おむつを使っていました。食事介助や入浴介助でマンツーマンなんて考えられませんでした。ご利用者の移動の際、車いすの2台引きなんて当たり前に行っていましたし、接遇なんて問われることがいまほどなかったから、度を超えたなれなれしいコミュニケーションが横行していました。
 「不適切ケア」なんて都合のいい言葉で片付けられていたひどい介護もたくさんありましたし、20年前、私が感じたこの仕事の印象は「老人ホームってひどいところだな…」というものでした。

 それでも私が退職せずに続けられたきっかけになったのが、ご利用者の切実な言葉でした。
 「ここは、いい人はみんな辞めちゃうのよ」
 この言葉を聞いた時、私は「いい人がみんな辞めちゃったら、そうじゃない人だけが残るということか。入居している人たちが、そう思っている人からしか介護を受けられないなら、悲劇だな」と思ったのです。「俺はいい人ではないけど、辞めないよ」そう答えたのを覚えています。
 そこからは、よい介護をしたい、良い施設をつくりたい。そんな想いでがむしゃらに走ってきました。忘れられない利用者さん、尊敬する優しい上司、信頼できる仲間、いつも応援してくれたご家族、可愛い実習生、支えてくれたボランティアさん、素敵な出逢いがたくさんありました。いまの私があるのは、この方たちのおかげです。心からお礼を申し上げます。

21年目のスタート。私は、進化はしても、変化はしません。
変わらないもの、ゆるぎない精神を持ち続け、一人でも多くの人の心を救えるよう、努力し続ける所存です。