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福祉の現場で思いカタチ
~私が起業した理由わけ・トライした理由わけ

介護や福祉の現場で働く人たちはもちろん、異業種で働く人たちのなかにも、福祉の世界で自分の想いを形にしたいと思っている人は、実はたくさんいます。そして、今、それを実現できるのが福祉の世界です。超高齢社会を迎え、これからますます必要とされるこの世界では、さまざまな発想や理想のもとに起業していく先達が大勢いるのです。そんな先達たちは、気持ちだけでも、経営だけでも成り立たたないこの世界で、どんな思いで、どんな方法で起業・トライしてきたのか、一か月にわたって話を聞いていきます。行政への対応や資金集めなど、知られざる苦労にも耳を傾けながら、理想を形にしてきた彼らの姿を追います。


●インタビュー大募集
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プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ)

北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。

第17回② 寺田真理子 日本読書療法学会 会長
「うつ」の経験から認知症に共感。認知症になっても
できることはたくさんある。

日本読書療法学会 会長
寺田真理子(てらだ まりこ)
長崎県出身。父親の仕事の関係で幼少期から南米諸国を転々とする。東京大学法学部卒業。国際会議のコーディネーター、通訳として活躍し、自身がうつ病になったことが認知症と関わるきっかけになり、「認知症の介護のために知っておきたい大切なこと パーソンセンタードケア入門」の翻訳を手掛ける。2004年よりフリーとして独立。読書によってうつ病を克服した経験から「日本読書療法学会」を立ち上げ、会長を務める。現在は翻訳に加え、認知症を支える介護者の心のケアについての講演、読書会なども行っている。パーソンセンタードケア研究会講師。日本メンタルヘルス協会公認心理カウンセラー。


取材・文:原口美香


―前回は幼少期の頃のことから通訳として働き、うつ病を発症してしまうまでのことをお話いただきました。今回は、その後、翻訳を手掛けることになったきっかけについて伺っていきます。

──うつ病になられた時は、どのような状態だったのでしょうか?

 その頃の私は、全く家から出られないような状態でした。たまたま見ていたテレビのドキュメンタリー番組で、クリスティーン・ブライデンさんというオーストラリアの女性が紹介されていました。彼女は若年性認知症になり、いったんは人生ボロボロになるのですが、のちに認知症になるということはどういうことなのかを、世界で初めて当時者の立場から発信した方でした。
 彼女は散歩の途中でしゃがみ込んでしまいます。認知症によって「自分に必要な音」と「関係のない音」の聞き分けが出来なくなってしまい、全部の音が耳に入ってきて疲れてしまったのです。そのシーンを見た時、「私と同じだ!」と思ったのです。通訳をしていた私は、「ウィスパリング通訳」をすることが多くありました。日本人の中に外国人が一人だけいて、その方だけに分かるように耳元でそっと囁くように通訳する、というものです。その場の物音すべてが耳に響いて一時的な聴覚過敏になるような中で、誰が喋っているかを聞き分けないといけないので、集中してとても疲れてしまう。だからテレビの中でクリスティーンさんが座り込む姿を見た時に「通訳の時の私と同じだ」と興味を持ったのです。

 うつ病の症状が良くなり、本が読めるように回復した後、「Who will I be when I die? (私は誰になっていくの?-アルツハイマー病者から見た世界―)」という彼女の認知症の体験を綴った著書を読みました。その中に、「高齢者のうつ病は認知症と間違えられることがよくあります」と書いてありました。
 外出できる状態になってからも、私は鞄からお財布を取りだすことができませんでした。鞄を開けなければいけないということは分かっていても、鞄を開けずにお財布を取りだそうとする。そういうプロセスが分からなくて混乱してしまうのです。人の多い場所では、たくさんの人がいるということと、その話し声でパニックになってしゃがみ込んでしまうこともありました。だからクリスティーンさんの本を読んで、「私の症状と似ている。この人は私と同じような世界で生きているんだ。この人に会ってみたい」と強く思うようになりました。
 ある時、新聞記事で彼女が京都での国際アルツハイマー会議に出席するために来日することを知り、彼女を日本に招いた団体の方にコンタクトを取ったのです。願いが叶って、講演当日に会う機会をいただけることになりました。
 お会いした後に入院された際の通訳として関わらせていただいたところ、退院後の打ち上げの時に主催団体の方が、「翻訳をしたい本があるけれど、手が回らなくて困っている大学の先生がいるから紹介してあげる」と言ってくださって。そのご縁で「認知症の介護のために知っておきたい大切なこと パーソンセンタードケア入門」の翻訳をすることになったのです。翻訳を通して認知症のことを深く知っていきました。
 パーソンセンタードケアとは、介護者や施設の都合ではなく、あくまでもその方を中心としたケアのことです。認知症と聞くと、それだけで勝手に色を付けられてしまいがちですが、認知症になったからといって、その方がいなくなってしまう訳ではないのです。10人いれば、10人の人生がそれぞれあるように関わり方も違ってきます。それを知っているかどうかで関わり方が変わってくるんですね。翻訳を通してそういうことをお伝えしていきたいと思ったのです。

──ありがとうございました。
 次回は寺田さんがうつ病を克服したきっかけになったという「読書療法」、後に立ち上げた「日本読書療法学会」についてお話を伺っていきます。

寺田さんが最初に翻訳をした思い入れのある一冊。