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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

サンライズ瀬戸の車窓から


 香川県障害者虐待防止研修にお招きいただいて、今年で10周年を迎えます。しかも、今年は日本の鉄道開業150周年。

東京駅丸の内口

 そこで、これらの「~周年記念」にかこつけて、日本に残る最後の寝台特急サンライズ瀬戸のデラックスシングルで東京から高松に向かうことにしました。今日のブログは、閑話休題。

 この寝台特急に乗車するには、幾多の困難がありました。

 まず、サンライズ瀬戸のデラックスシングルは超人気で、事前の調べと覚悟をもって臨まないとチケットを入手する可能性を拓くことはできません。一編成当たりわずか6室しかないのです。このレアものチケットを、全国の「乗り鉄」と小生のような「にわか鉄」が一斉に奪い合う。

 以前なら、朝早く「みどりの窓口」に並び、一番乗りで切符をゲットする方法もありました。しかし、今やそのみどりの窓口の多くは廃止され、インターネットによる購入が原則となりました。

 そこで、あらゆるサイトの情報を分析し、チケット発売日の午前10時ジャストに最速で、インターネット上のチケット購入サイトにアクセスできる方法を調べ上げ、トライしました(この方法は秘密です)。やった~、見事ゲットに成功です。

 で、これで一息かと思いきや、特急寝台券の発券手続きが想定外の難問となりました。JR東日本の「えきねっと」以外のサイトで購入しましたから、JR東日本の券売機やみどりの窓口では発券してもらえない。国鉄の分割民営化の弊害が、こんなところに出てくるのかと愕然としました。

 手を尽くして調べてみると、首都圏で発券できるのは東京駅と品川駅にあるJR東海の発券売り場だけだとわかり、川越からそこまで足を運んで、ようやく発券にこぎつけました。

 さらに、難関が続きます。乗車券の入手にてこずるのです。JR東日本の「えきねっと」で、「川越―大宮(埼玉県)-東京-岡山(岡山県)-高松(香川県)」とサンライズ瀬戸に即した経路と、サンライズ瀬戸の東京発時刻の21時50分を発券条件として入力すると、「該当する列車はありません」とエラー表示に変わり、乗車券の購入はできません。

 さまざまに試行錯誤すると、例えば、川越発早朝6時を発券条件として入力すれば、各駅停車・快速だけを乗り継いで、何とかその日のうちに高松に到着できるため、インターネットによる乗車券の購入が可能になるということが分かりました。つまり、乗車当日に目的地に到着する前提条件があれば、ネットでも乗車券のみの購入が可能な仕組みです。

 しかし、サンライズ瀬戸は日をまたいで運行する列車のため、複数日にまたがる乗車券に該当するかどうかは不明です。そこで、止むを得ず川越駅まで足を運んで駅員に事情を説明すると、「その経路の乗車券は、オペレーター付の券売機で購入してもらうしかありません」と案内されました。

 「オペレーター式の券売機」とは対面式で指定券や乗車券を購入できた「みどりの窓口」の廃止に替わって導入設置された自動券売機です。券売機に液晶画面がついていて、オペレーターをボタンで呼び出して話しながら特急券や乗車券・定期券を買うことができます。

 しかし、川越駅にはたった1台しかない。そこに長い行列ができていて、乗車券を購入するためだけに要した時間はなんと1時間40分。

 JRの駅に行っても、JRの列車に乗るための乗車券をすぐには購入できない現実のあることを思い知りました。疑問を通り越して、激しい怒りさえ感じます。もし、乗車券なんかすぐに購入できると高を括って、サンライズ瀬戸の乗車当日に乗車券を買う予定にしていたら大変な目に合うところでした。

 これらの困難が生じている要因は、地方の赤字路線を抱えながら都市近郊区間における経営効率を上げるという至上命題の下で、JR各社間の競争を激化させ、みどりの窓口や駅の人員削減を急速に進めようとするJR各社の事業計画にあります。鉄道開業150周年を迎えたJRの現状をこのような観点から掘り下げた報道に私は接した記憶がありません。

東京駅9番線に入線するサンライズ瀬戸・出雲

 さて、サンライズ瀬戸はいよいよ東京駅に入線し、発車する時刻が近づいてきました。プラットホームでは大勢の「撮り鉄」がシャッターを切っています。デラックスシングルに向かって手を振る中学生がいたので、思わず手を振り返したら、満面の笑みで応えてくれました。やはり人気の寝台特急であることを改めて感じさせてくれます。

デラックスシングルの室内

 サンライズ瀬戸のデラックスシングルの個室は広く落ち着いた佇まいで、下手なビジネスホテルよりも遥かに居心地は良好です。乗り心地も実に素晴らしい。

 デラックスシングルは列車の最上部にあり、その下にはデラックスB寝台ツインがあります。そこで、レールの継目と車輪が醸し出す「ガタンゴトン」の音は心地よい響きになっています。しかも、列車の上下左右の揺れはわずかに感じる程度です。

 デラックスシングルの快適な空間で車窓を眺めながら、ビールで喉を潤す至福はもうたまらない。まるで六角精児の「呑み鉄本線日本旅」のようですが、全く違います。NHK視聴者の受信料を原資とする番組制作費で、列車を乗り回し、酒を呑む旅ではありません。

 この日は快晴で、寝転んで空まで観える車窓からは、お月さまと冬の星空を象徴する大三角形(オリオン座のリゲル、おおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオン、いずれも各星座のα星)が輝いています。こうして眠りにつくことのできる安らぎは、浮世の現実から完璧に解放されるひとときです。

 夜が明けて岡山駅に到着し、サンライズの瀬戸と出雲が切り離されます。サンライズ瀬戸は、本州から本四架橋を渡り四国に向かいます。

早朝の瀬戸内海

 早朝の瀬戸内海を本四架橋から眺望する光景には、格別の趣があります。冬の朝もやと日の出の太陽によってきらめきを増す海に島々が浮かぶ情景は、例えようのない美しさ。運転しながらの車では、この眺望を堪能するわけにはいかない。そして、四国への入り口では、坂出のコンビ―ナートが出迎えてくれます。

四国入口の車窓から

 早朝に高松に到着し、そのまま高徳線と鳴門線を乗り継いで鳴門駅まで足を延ばしました。鳴門海峡の渦潮を観るためです。関門海峡では渦は発生しないのに、どうしてこの海峡では、潮の満ち引きに伴って渦が発生するのかを目で見て確かめたかったのです。

鳴門大橋と渦潮

 時間的に大きな渦潮を観ることはできませんでしたが、それでもなかなかの迫力でした(渦潮の発生メカニズムは、次を参照のこと。https://www.naruto-kankou.jp/uzu/)。

 サンライズ瀬戸は、今はやりの超豪華列車ではなく、ビジネスマンや観光を目的とする列車利用に大衆的基盤をもった、品性のある、現役の寝台特急です。高松着は午前7時27分ですから、現地での仕事や観光に朝一番からとりかかることのできるアドバンテージは今でも健在です。

 航空機を使ってこの時間から始動しようすれば、川越に住む私の場合は、始発列車に乗っても不可能です。航空機に乗っている時間は短くても、気象条件等によって離発着の遅れは回避できないため、台風シーズンや雪の多いシーズンに、地方からの依頼で「航空機ではなく、絶対に列車で来てください」と念を押されることもしばしば経験しました。

 しかも、搭乗前後の時間ロスはまことに大きい。川越の自宅から羽田空港へのアクセスに2時間、地方空港に着いてから県庁所在地や主要都市へのアクセスにはリムジンバスで40~50分はかかります。だから、航空機が便利だと言い切れるわけではありません。

 この数年間、JR九州の「ななつぼし」を皮切りに、超豪華列車がJR各社に広まりつつあります。JR東日本の「四季島」の1人当たりの料金は、食事は一切ついていないのに、3泊4日でスイート75万円、デラックススイート90万円、四季島スイート95万円です。

 四季島に夫婦で乗れば、その乗車代金で車1台が新車で購入できるくらいの値段です。

 このような超豪華列車で経営の辻褄を合わせようとするJR各社の取り組みは、企業経営の上で当面の美味しい話に映るとしても、鉄道の大衆的基盤の喪失を拡大し、鉄道文化の衰退に拍車をかけるものだと考えます。

 わが国で最後の寝台特急となったサンライズ瀬戸に乗り、産業活動の必要と大衆的なモビリティのニーズに応える鉄道本来のあり方の重要性を実感しました。このような大衆的なニーズを基盤とするモビリティの中に、車窓からの眺めや駅弁を味わう鉄道ならではの旅情と魅力があったのではないでしょうか。

 このような魅力を味わうことのできる鉄道が大衆的基盤を喪失し、一部の金持ちの楽しみとなれば、鉄路の維持は不可能でしょう。19~20世紀に発展した鉄道のこれまでを抜本的に刷新し、大衆的基盤を持つ新たな鉄道のこれからを構想する必要があると思います。