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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

国連・障害者権利委員会勧告


 国連の障害者権利委員会は、先の9月9日、障害者権利条約にもとづく日本への総括所見(勧告)を発表しました。

 この勧告は、障害のある人が権利行使の主体であるという障害者権利条約のスピリットを貫いています。障害のある人の人権を柱に据えてこなかったこれまでの日本の政策の枠組み・内容に抜本的な転換を求める内容となっています。

 勧告の主な要点は次の通りです。

 まず、本人の意思にもとづかない強制入院(措置入院・保護入院)によって、自由の剥奪を認めるすべての法的規定の廃止です。これと関連して、無期限の入院を止めるとともに、精神科病院での暴力や品位を傷つける行為を報告する仕組みを作り、被害者の効果的な救済と加害者の起訴・処罰を求めています。

 次に、障害児を含む障害者の施設収容の廃止です。この点は、「締約国に強く要請する」と明記し、「取るべき緊急の措置」に位置づけています。

 勧告に先立ってスイスで開かれた8月22・23日の日本政府への審査の中で、国連の委員会は津久井やまゆり園事件を引き合いに出した上で、日本政府は権利条約第19条に即した資源配分をどのように考えているかを質しています。

 この時、わが国政府の担当者の回答はスイスの会場で失笑に会いました。「日本の施設は、高い塀や鉄の扉で囲まれたものではありません。桜を施設の外や中で楽しみ、ピクニックをする方もいます」と答えたそうです。

 権利条約第19条は、自立した生活と地域社会への包摂を定めています。一般市民と同じように、住む場所を選び、どこで誰と生活するのかを選択する機会があり、特定の生活形態で暮らす義務を負わないこと、地域で生活することを支援し、地域社会の孤立・隔離を防止するための在宅サービスのあること等を規定しています。

 「地域生活移行」を「障害者支援施設からグループホームへの移行」とするのもダメで、19条に明記された障害者の権利のすべてを満たすことが権利条約の締約国に求められます。

 国連の委員会は、この19条に表現されている障害者の権利の実現について質問したのに対し、わが国の政府担当者が「高い塀や鉄の扉はなく、桜も楽しめる」と答えたのですから、失笑を買うのは当然です。

 19条に係わる勧告の内容で特に注意すべき点は、どこで誰と生活するのかの選択機会を制限している事実の一つに「親に扶養され、親の家に住んでいる者」を明記したことです。障害のある人の権利の行使をコアに据えた第19条の求める「自立した生活と地域社会への包摂」は、「脱施設」と「脱親・家族」がセットになっているのです。

 家族依存型の政策を土台に、「民法上の含み資産」である親・家族を資源としてできる限り使い、その「含み資産」を使い切った「親なきあと」は「施設」を受け皿とする構図のすべてについての抜本的変更を「緊急の措置」として求めたということです。

 権利条約の考え方は、障害のある人の権利としての選択・意思決定の保障がすべてですから、「親の願い」を「施設が受けとめている」という言い分を正当なものとして認めることはありません。そうして、勧告は現在の施設入所に関する予算を配分し直し、地域社会で他の人と対等平等に自立した生活を送るための迅速な措置を求めています。

 三つ目は、旧優生保護法の下で「強制不妊手術」を受けた被害者の救済です。現行の強制不妊救済法の定める被害者への「一時金支給」という対応を止め、すべての被害者への明示的な謝罪と、すべての被害者を特定して申請期限のない適切な救済を実行するよう求めています。

 強制不妊手術に係わるわが国の対応については、国会と裁判所の判断そのものへの批判を含み、抜本的な被害者救済に向けた立法と司法の責任を問う点で注目に値します。9月26日には、東京・愛知・宮城の6人が、国に損害賠償を求める裁判を新たに起こしており、障害者権利条約の締約国である日本の裁判所の裁判官がどのような判決をするのかについて特別の注意を払いたいと考えます。

 四つ目は、質の高いインクルーシヴ教育を受けられるように行動計画を作ることです。この点も、委員会は日本政府に対して「強く要請」し「緊急の措置」を求めています。

 分離された特別の教育を止め、すべての障害のある子どもたちが、合理的配慮と必要十分な個別支援を受けることができるように特定の目標を立て、十分な予算を確保するよう勧告しました。

 通常の小中学校の学級で、障害のある子どもたちの「特別の教育的ニーズ」に応えることのできる条件は、これまでのところ十分であるとは言えません。精神科医の杉山登志郎さんは、通常学校での障害のある子どもたちへの教育には問題が多いと指摘しています(杉山登志郎著『自閉症児への教育』、2011年、日本評論社)。

 だからこそ、通常学校でインクルーシヴ教育が実現できる目標に向けた具体的な計画が必要であると勧告は明記しました。

 その他、成年後見制度における後見人が代行意思決定できる規定を廃止し、障害のある人が法的能力を権利として行使できるように、支援付意思決定による支援メカニズムを確立するよう求めています。

 このようにみてくると、今回の勧告が医療・福祉・教育・成年後見制度の障害者政策領域の根幹部分について、これまで長年続いてきた枠組みと内容の根本的な変更を求めていることは間違いありません。

 勧告に法的拘束力はないとはいえ、わが国政府は、勧告が指摘した条約違反の根本的な問題を改善するための工程表を提示する責任から免責されることはありません。

 しかし、今回の勧告内容の全面的な実現には、法制度の改正、巨額な予算の配分変更と追加、既存の業界団体や権益団体の抵抗、市民社会に巣食う内在的な差別の克服など、多様な課題が山のようにあります。

 ここで、障害のある人たちの他に、最も重要な役割を担わなければならないのは、本来、障害のある人に係わる支援者とその団体です。これら支援者と業界団体が、力を合わせて今回の勧告に即した権利擁護のための行動計画を持てるかどうかはとても重要です。

 障害のある人の支援者には、常に割り切れなさの中に身を置く宿命を負わされていることを自覚しているかどうかが問われます。以前、埼玉精神神経科診療所協会の会長を務めた精神科医の鈴木仁史(故人)さんは、次のような話を私にされました。

 「さまざまな精神疾患に対する総合的な対応を考えれば病院の方がいいのですが、病院の勤務医になると『長期入院への囲い込み』に加担しなければならないわが国の現実があります。だから、私は診療所で医師を務めることを選択したのですが、この個人的な選択だけでは、日本の精神医療の問題解決にはつながりません」と。

 医師の鈴木さんとは、さいたま市の障害者権利の擁護に関する委員会と地域自立支援協議会虐待防止部会で長年ご一緒させていただきました。鈴木さんは、差別・虐待事案に係わる対応や施策のあり方について、現行施策を批判して終わるのではなく、常に具体的で積極的なオールターナティヴを提案し、実行する方でした。

 目の前に支援を要する人がいるから、現行制度の範囲内でできる限りの支援を「今ここで」行う。だからと言って、その支援は支援を受けた障害のある人の権利を擁護しているとは限らない。実は、弥縫的な対応に過ぎない支援もあるのです。

 支援の中で、障害のある人自身の権利行使を阻む制度の維持に加担しているという現実は、わが国のそこかしこにあるのではないでしょうか。

 このような問題構造を自覚できない支援者は論外として、このような自覚のある人は未来に向けた具体的な構想と行動計画に展望を拓くことが重要であることを精神科医の鈴木さんは体現していたと思います。

 障害者の権利条約とそれにもとづくわが国への勧告は、障害者施策の抜本的刷新を求めています。今回の勧告に即した施策の実現に向けて、新しい障害者施策の時代を拓く多くの人たちの協働が必要です。

ツマグロヒョウモン♀

 庭に植えたスミレがいつの間にか増殖し、ツマグロヒョウモンが定期的にやってくるようになりました。幼虫がスミレの葉を好むので、このメスは卵を産みに来ているのでしょう。ツマグロヒョウモンは、3時間ほど、スミレの葉一枚一枚に挨拶して回るように飛んでは留まり、飛んでは留まりを繰り返していました。まるで、イソギンチャクと共生するクマノミのようです。越冬する子どもたちに命をつないでいます。秋ですね。