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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

グループホームの虐待


 令和2年度障害者虐待対応状況調査(厚労省)によると、事業種別の施設従事者等による虐待のワーストワンは、共同生活援助(グループホーム、133件、全体の21.0%)となりました。続いて障害者支援施設(131件、20.7%)、放課後等デイサービス(92件、14.6%)で、ワーストスリーの揃い踏みとなります。

 虐待者の職種でみると、生活支援員(275件、38.2%)が最も多く、管理者(70件、9.7%)、世話人(68件、9.4%)、サービス管理責任者(42件、5.8%)、設置者・経営者(37件、5.1%)と続いてワーストファイヴが出そろいます。

 はっきり言って、まことに深刻な現実です。障害者支援施設を出てグループホームに入居したら、「地域生活移行」ではなく「虐待生活移行」になってしまうことに一定の現実味があるのです。

 しかも、虐待者を職種別にみたとき、世話人だけでなく、管理者、サービス管理責任者、設置者・経営者という事業所または支援サービスの管理運営に社会的責任を負わなければならない立場の人たちが高い割合を占めている現実は大問題です。

 設置者・経営者、管理者、サービス管理責任者の制度設計そのものに問題があると言わざるを得ません。これらの職種に係わる法制度上の形式要件は、支援を通じて障害のある利用者の暮らしと人権を守る内容を全く担保していないといっていい。

 経営・管理業務に責任を負う人が虐待者として登場するということは、これらの人たちの事業所で発生する他の支援者の不適切な支援や虐待を、陰に陽に、容認することにつながっているはずです。自分のしている虐待を棚に上げて、他の職員による虐待を通報することはできないからです。

 このような管理者のはびこる現実に、事業者報酬への加算をインセンティヴとして障害者虐待防止研修の実施を誘導する政策は、愚の骨頂です。経営者・管理者の加算目当てが独り歩きする「実効性のない虐待防止研修」となり、強度行動障害支援者養成研修と同様、予算の無駄遣いに終始します。

 先日、さいたま市地域自立支援協議会虐待防止部会で、令和3年度の施設従事者等による虐待発生件数(全体で34件)の内訳を調べてみると、事業所種別ではグループホームが19件(55.9%)で断トツのワーストワンです。

 このグループホームの虐待(19件、100%)を運営主体別にみると、民間企業14件(73.7%)、社会福祉法人3件(15.8%)、NPO法人2件(10.5%)となります。経営・運営主体の多元化は、少なくとも、グループホームと放課後デイサービスについては、虐待の深刻化に直結しています。

 相談支援専門員や地域生活支援を担当する職員の全国大会の折、グループホームの空きを探すと営利セクターのところに空きが目立ち、そこが埋まってもすぐに空きが出てくるところから、「支援ができていないのではないか」という指摘がありました。

 さいたま市の相談支援専門員の多くは、営利セクターの進出の目立つ放課後デイサービスとグループホームについては、現場に足を運んで実際の支援を確かめない限り、利用につなぐことができないと言います。

 利用につなげる前に、日々の支援を継続できる体制があるのか、困難度の高い人にも対応できる支援の専門性はあるのか、サービス管理責任者の使い回しがないか(設置時だけの名義貸しが横行しているから)等を確かめておく必要があるのです。それが、虐待防止を考慮した最初のステップだというのです。

 指定支援事業所の要件を満たしていたとしても、虐待発生のリスクについては、利用者に保証の限りではないという事態が広がっています。そこで、都道府県の障害者支援事業所の指定に係わる複数の担当者から、私は、次のような質問を受けました。

 「指定に向けた申請事業所の担当者と話のやり取りを重ねると、支援の専門性がとてもあるとはいえないし、事業をはじめる真の目的は支援することにはない。入居者の埋まらない賃貸物件を『新たな不動産ビジネスとしてのグループホーム』に鞍替えする気持ちだけが伝わってきます。このままだと間違いなく虐待の発生することが予想されるので、虐待防止の先手を打つ何かいい手はないでしょうか」と。

 障害当事者の親御さんから私に直接相談のあったケースもありました。知的障害のある息子をグループホームに入れたのですが、「2週間近くお風呂に入らない状態が続いて帰省してきました。息子に話を聞いてみると、支援の実態がほとんど何もないのです」。

 この親御さんは、子どもが若くて可塑性のある間に親元から離れて自律した生活にチャレンジさせた方がいいと考えた方でした。グループホームの利用を選択した経緯に、自律した地域生活への積極的な考えがあっただけに、支援の実態のないグループホームがあるという現実に心底落胆されていました。

 保育の世界では、「グローバルキッズ」が保育士数を水増しし、施設運営費を不正受給したというニュースがありました。本社の組織的な関与によって、職員名簿や出勤簿を偽造していたそうです(7月22日東京新聞、https://www.tokyo-np.co.jp/article/190872)。

 東京新聞の取材に対し、「コンプライアンス意識の欠如と、これを黙認するガバナンスの不全があった」と回答しています。このコメントを踏まえると、保育事業に対する公共性と社会的責任に対する認識は丸でなかったということになります。

 ところが、この企業がホームページ上に掲げる理念は「子ども達の未来のために」、ビジョンは「トリプルトラスト(2030年 職員と親子と地域に最も信頼される存在になり、子ども達の育ちと学びの社会インフラになる)」、目指す人材は「輝く大人」と謳うのです。

 実態と謳い文句にある埋めようのないギャップを何と呼べばいいのか、この企業の社長さんは多くの子どもたちに尋ねてみるべきです。子どもたちは間違いなく「大嘘つき」と返答します。

 福祉ビジネスという世界は、このような虚偽とまやかしが横行しています。実は、私にはある民間企業の福祉事業のお手伝いをしてきた経緯があり、すべての営利セクターがダメだとは決して言いません。

 しかし、現行の制度設計には虚偽、まやかし、そして助成金や事業者報酬の不正請求が発生してしまう、あるいは発生している悪事を行政機関が見逃してしまうという構造的問題が、これまでも指摘され続けてきました。

 たとえば、数年前には、保育所の待機児童対策として肝入りで導入された「企業主導型保育」で、大規模な助成金の不正受給事件が発生しました(東洋経済オンライン「企業主導型保育所に巣食う『助成金詐欺』の闇」https://toyokeizai.net/articles/-/250807)。

 このような構造的問題を断ち切る実効的な政策を講じない限り、子どもたちや障害のある人たちが福祉制度のただ中で暮らしと人権を踏みにじられ、結局、わが国の保育・福祉・介護制度が破綻を迎えることは必定です。

九段会館テラス‐皇居の牛ヶ淵に面して

 東日本大震災の天井崩落事故によって犠牲者の出た九段会館が、装いと運営主体を新たにこの秋オープンするそうです。登録有形文化財である旧九段会館の一部を保存して高層ビルに建て替えられました。

 戦前は軍人会館として、戦後はまずGHQに接収されて進駐軍宿舎として使われた後、日本遺族会に無償で払い下げされ、九段会館となりました。日本遺族会は東日本大震災の事故から九段会館を国に返還し、それを東急不動産が落札して建て替えのプロジェクトが進められていました。保存された建物は、近代日本の戦争と平和を見つめてきたのでしょう。