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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

恩寵園事件から


 日本版の『トガニ-幼き瞳の告発』(映画『トガニ』は前回ブログを参照)があります。児童養護施設恩寵園で長年繰り返されていた、かつての虐待事件です(恩寵園の子どもたちを支える会編『養護施設の児童虐待-たちあがった子どもたち』、2001年、明石書店)。

 恩寵園で子どもたちへの虐待が行われているという匿名の電話が千葉県市川児童相談所にあったことを皮切りに、「恩寵園の子どもたちを支える会」が組織されました。

 最終的には、裁判所が虐待の事実を認定して千葉県の責任を問い、別の刑事裁判で施設長とその子である職員の親子が実刑判決を受けました。

 同族経営の中心人物が主要な虐待者であり、恣意的な人事の下で主任保母や副施設長(元小学校校長)が取り巻きとなって20年間にも及ぶ虐待行為を容認してきました。この事件が明るみに出た当時、副施設長(元小学校校長)は、「施設の中で体罰を見たことない」という虚偽のコメントをマスコミに出しています。

 裁判所が認定した17の虐待は次のとおりです。
①火をつけたティッシュペーパーを子どもの肌に押しつける
②男の子の性器にハサミを押しつけて脅かす
③「いたずらをする手はいらない」と子どもの手を剪定バサミで切る
④施設で飼っていた鶏が子どものミスから死んでしまった時、「鶏がかわいそう」とタオルでくるみ、子どもに一晩抱いて寝ることを強要する
⑤子どもの服の着方が気に入らなかったためか、服の袖を切り落とす
⑥どうして叱責されているのか理解できない子どもの反応に腹を立てて、顔を激しく殴りつけ、大量の鼻出血を起こす
⑦ポルノ雑誌を見ていたところを発見された子どもを椅子に座らせて手足を縛り、膝上にポルノ雑誌を開いて置いて、若い保母さんたちを集めて一緒に写真撮影する
⑧朝鮮籍の子どもが入所したときに「お前は、朝鮮だ」とみんなの前でなじり、子どもが泣いてしまうと「朝鮮人の泣き方だ」と揶揄する
⑨いたずらをした罰だという口実で、子どもの頭をモヒカン刈りにして学校に行かせる
⑩罰として子どもに24時間の正座を命令し、食事、睡眠、排泄の一切を禁止する
⑪子どもを乾燥機に入れて回す
⑫罰と称して火傷しそうな熱いお風呂に無理やり入れる
⑬女の子の頭を丸刈りにして学校に行かせる
⑭高校生の女子をパンツ一枚のまま、女子棟の中で一日中立たせておく
⑮帰省してお姉さんに買ってもらったプロミスリングを見つけて咎め、包丁でふくらはぎを傷つけて出血させる
⑯バツと称して麻袋に子どもを入れて吊るし上げる
⑰子どものお気に入りの服をハサミで切り裂く

 これらの虐待は猟奇的で拷問と言ってもいい。虐待者は施設長であり、金属バットで子どもたちを殴る行為も日常化していました。施設長の子である職員は女子に対する強制わいせつ罪に問われました。

 刑事裁判では、それぞれ8カ月の実刑(施設長)と4年(子の職員)の実刑判決を受けました。まさに、韓国映画『トガニ』を彷彿とさせる事件です。

 子どもたちの側に立って裁判を進めた弁護士の対談(前掲書、219-242頁)によると、問題の所在の第一に施設の同族経営を指摘しています。

 「施設の経理が家族の経理と混然一体となっている」(223頁)
「一代目がどんなに高い理想を掲げようと、二代目三代目は腐敗する」と(224頁)。

 社会福祉事業に求められる公共性と社会的責任が、オーナーを頂点とする支配構造の下で歪められ、事業に対する私物化が進むのです。

 とくに、入所型の施設の場合、利用者の生活を「家族的な暮らしにする」という、もっともらしいだけで何の根拠もない理念から、家族経営の正当化に話がすり替わっている事例さえあります。

 家族の経理が施設の経理と混然一体となって入り込ませる手口は多様です。利用者の使う日用品(歯みがき用品、石鹸、タオルなど)を施設または理事長や施設長の家族の経営している商店から購入させる、土建・建設業界から介護・福祉業界に参入した同族経営では、施設建設から建設後の事業のすべてで同族が儲けます。

 実際、法人・施設の予算からばれないように私的に流用する仕組みについて、ある法人施設の理事長兼施設長から、直接説明を受けたことがあります。

 同族経営の場合、身内の給料を十分に確保してから平職員の給料を割り出しますから、職員の待遇は悪くなります。そこで、職員は定着せず、支援の専門性が組織的に蓄積することはありません。つまり、利用者の劣悪な生活に帰結するだけです。

 恩寵園事件の裁判がはじまり、多くのマスコミが取り上げるようになった時でさえ、県内の児童養護施設の業界団体は、恩寵園の施設長を擁護していたと言いますし、さらに問題を深刻化させていたのは「千葉県行政の共犯」(前掲書、224頁)です。

 千葉県は、子どもたちの訴えがあるにも拘らず、裁判所が判決を出すまで何もしませんでした。当時の施設最低基準は体罰を禁止しており、千葉県は恩寵園に対して児童福祉法に基づく改善命令・改善勧告が可能でした。弁護団は「不作為共犯」だと指摘しています。

 児童養護施設の子どもたちには、施設で虐待を受けるからといって、すぐに帰るところや避難する場所はありません。それでも施設を脱走して児童相談所に駆け込んで訴え、一時保護所にいたところに、子どもの人権問題に取り組んでいる弁護士が駆けつけて、事態が動き出しました。

 私は高齢者や障害者の施設で発生する虐待事案の中に、恩寵園事件と同様の問題構造から発生している虐待事案が潜在化しているとみています。障害のある人や高齢者の多くは、施設を脱走して、しかるべきところに被害を訴えることはほとんど不可能だからです。

 さらに、施設の中で、自分の意思表明を促して受け止めてくれる支援と環境から長期間遠ざけられると、自分の意思を明らかにして表現する力は剥奪されていきます。ここに支援者の不適切な支援や虐待が日常的に重なれば、利用者の学習性無力感は避けられない。

 支援現場で意思決定支援が進まない、あるいは、進めようとしない背景にはこのような利用者の状態があるのかも知れません。

 特に気がかりなのは、身体拘束に係わる「行政の不作為共犯」です。昨今相次いで明らかにされた神奈川の県立施設や埼玉県の嵐山郷の身体拘束(施錠監禁)について、両県は何か改善命令や改善勧告を出したのでしょうか。

 身体拘束は、利用者本人が被害を訴えないことと、施設から出されると困る家族の弱みに付け込んで、行政と業界が「暗黙の談合」を続けてきた歴史的経緯があるのではありませんか。これまでにない新たな抜本的改善策が必要です。

氾濫しそうになった小畔川

 全国のいたるところで大雨が降っています。埼玉県でも、河川の氾濫がいくつか発生しました。私の住まいに近い小畔川の氾濫危険情報がスマホに入ったときは、非常袋を玄関にそろえて避難に備えました。温暖化の進む地球の怒りを感じます。