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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、埼玉大学教育学部にて教鞭をとる。
さいたま市障害者施策推進協議会会長等を務め、埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

オンライン・キャンパスからの憂い

 今、ほとんどの大学は授業をオンライン化しています。私は学内の会議もオンラインです。埼玉県障害者施策推進協議会の事務方との打ち合わせもオンラインでした。

 民間企業もテレワークをできる限り進めています。しかし、先日の朝日新聞は、在宅勤務者の65%は、子どもへの対応で仕事が中断されるために、両立は無理だとしている実態を報じました(https://digital.asahi.com/articles/ASN5H51FNN5GUTFL00D.html)。

 家庭での仕事は、子どもへの対応で仕事が中断されるから両立ができないという実態は、保育所利用の要件を考える上で、長年にわたる矛盾点をついています。

 保育所利用の要件は、就労形態の多様化を配慮して以前よりも緩和されてきたとはいえ、自営業や在宅勤務者の利用に高い敷居が設けられている実態は未だに続いています。つまり、昭和23年から始まった「保育に欠ける要件」で通勤して就労証明の出る親を優先してきたことの不合理が、新型コロナウイルスの問題から一挙に顕在化したのです。

 不安定経営を強いられる自営業者も、不安定就労にある勤労者も、仕事の種類にかかわらず、就学前の子どもを育てる若年夫婦・単親者の不安定な暮らしには分け隔てなく保育所が必要であることを明らかにしています。

 では、授業や会議などの営みの多くがオンライン化されたキャンパスから、何が見えてくるのでしょう。

 まず、学生の貧困化と格差の拡大です。新型コロナウイルスの問題から、親の失業や一時帰休による大幅な収入の減少に加え、学生自身がアルバイトをしてやりくりする手立ても喪失しました。

 大学に入学し一度は首都圏の下宿先に落ち着いたものの、親からの仕送りは当初の予定額を期待できなくなり、アルバイトもできないとなると、進退の極まる学生はさぞや大勢に上るでしょう。困窮学生には、一端帰省する、休学する、退学するという三択しか残されていません。きょうだいに大学生や専門学校生がいれば、重複する授業料負担の問題から、修学の継続はかなり厳しい。

 全日空は客室乗務員の8割に当たる6,400人を、グループ35社全体では42,000人を一時帰休させ、日本製鉄は高炉の3割を一時休止させるのです。日本を代表する企業でも、従業員の所得は減少しています。一時帰休は、雇用が守られているといっても、休業手当は平均賃金の6割です。

 ましてや、学生の親御さんが飲食店や小売などの自営業や非正規雇用で働いている場合は、収入がゼロになったケースも珍しくありません。「日銭商売」である自営業の多くは、およそ3ヵ月で事業の運転資金が枯渇するといいます。

 このような急激な貧困の広がりと格差の拡大は、一時を争う事態です。家族は果たして暮らしていけるのか、多くの若者が高等教育の機会を剥奪されてしまうかなど、いずれも「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」の保障が根底から問われています。

 この事態に対して、日本国憲法第25条2項の規定が、国・地方公共団体の「努力義務」とはいえ、カタツムリのような「スピード感をもって」対応策を進めるのはいかがなものでしょうか。ほどなくわが国は、自殺者や餓死者の増大に直面するのではありませんか。

 もう一つは、学校教育に対するオンライン・リストラを心配しています。新型コロナ騒動が一段落したとき、本来の「スピード感をもって」、学校教育に係るオンライン・リストラが進められるかもしれません。

 現在、多くの大学関係者は、授業や大学運営のオンライン化について苦悩していますし、大学教育の本質を自覚していれば、オンラインによる教育的関与の限界も明確に理解しているはずです。

 しかし、一部の私大の中には、授業のオンライン化が首尾よく運んでいることを宣伝しているところがあります。オンライン授業で学生の学習権を保障することは大切であるとしても、それは授業がオンラインで十分だということとは全く別の問題です。

 現在の緊急事態であるオンライン・モードの延長線上で、これまでの通信教育よりも対面接触を縮減したオンライン教育を恒常化しようとする大学経営がまかり通るようになるのは大問題です。

 大学にキャンパスはいらない、講義室もトイレもいらない、光熱水費もかからない。これらすべてを一挙に進めるのではないにしても、授業の1/3とか半分を恒常的にオンライン授業にしてしまえば、学生定員の増減に対して施設設備は柔軟に対処できるし、大学運営の経常的経費も安上がりに済みます。

 学校法人や国立大学法人・公立大学法人の大学教育が、予備校や学習塾のように、市場セクターの参入しやすいオンライン授業の仕組みに接近するのは、大学教育のリストラにはうってつけのチャンスと捉える向きがあるのではないでしょうか。

 これまでは、建物管理にPFI方式を取り入れるなど、市場セクターの参入は大学の「外堀」に限られてきました。ここに、授業内容以外のオンライン化にかかわるシステム運用に市場セクターの参入を進めるのです。

 大学教育の内堀は埋まり、一挙に市場セクターが本丸に突入するステージに入る恐れがあると考えます。そこでは、授業の担当者の要件には手を加えないから、「大学の自治・学問の自由」は担保されていますよという詭弁がくっついてくるでしょう。

 しかし、公共性の求められる大学の研究と教育を担保することは難しくなり、これまで以上に特定の成果(=利害)に結合させた「教育サービス」となって、大学の営みは私化されていきます。

 新型コロナ対策のコアを経済対策に置き続けるわが国が、一連の財政出動拡大のつけを「少子化」を梃子にしてすすめるとすれば、その矛先の一つは高等教育に向けられる恐れが十分にあると思います。

 今、大学関係者には、オンライン授業に力を入れて学生の教育権を守り抜くと同時に、大学教育の無償化の必要性とオンライン授業の本質的限界を明らかにしていく社会的責任があると考えます。

わが家にお目見えしたニホンヤモリ

 さて、真夏のような陽気になって、ニホンヤモリが今季はじめてお目見えしました。ヤモリ何てありふれた生き物だと考えた人がいるとすれば、大間違いです。現在、都道府県によっては、絶滅危惧種に指定されています。

 新型コロナウイルスが世界中の感染に至った背景には、地球の温暖化と自然破壊が重大な要因であることを専門家や自然保護団体が指摘しています。人間の生活環境と野生生物との境界が無秩序に崩壊していく問題のようです。そういえば、北海道のキタキツネとエキノコックスの問題も同様の背景を持っていたように思います。

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