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梶川義人の虐待相談の現場から

梶川 義人 (かじかわ よしと)

様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。

プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)

日本虐待防止研究・研修センター代表、桜美林大学・淑徳大学短期大学部兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。

劣等感にご用心

 最近、以前ご紹介した埼玉県虐待禁止条例のインパクトを感じています。同県内の研修がとても増えたからです。例年に比べて、受講者数にして約2,500人は増え、頂いたご質問も50件を超えました。おかげ様で、従事者が虐待者となりゆく道筋について、いろいろなアイデアが浮かんできます。

 これまでは、数多のリスク要因に囚われて、無自覚のうちに相手の立場に極端にたてなくなっているとか、エスカレートしていく順番は、攻撃、放任、排除だ、と説明してきました。しかし、これらをつなぐキーワードが見えて来たように思います。

 それは、「劣等感」です。自分では、劣等感を抱く部分を直視しにくいために、責任を他者に転嫁する理屈をつけて合理化しがちです。結果、他罰的になったり他者を貶めたりします。よく「優越感は劣等感の裏返し」と言われるのも、このことを指摘しているように思います。

 ところで、自分の身にある出来事が起こるとします。そのとき感じるのが一次感情です。たとえば、「イラっ」としたなどです。しかし、この一次感情に対する感情である二次感情が生じることがあります。たとえば、同じことが重なると、「2度ならず3度までも。いい加減にしろよっ!」などです。そして、この二次感情は「イラっ」という一次感情を増幅し、堪忍袋の緒を切ってしまいます。

 アンガーマネジメントの方法として「深く深呼吸して7つ数える」方法などがありますが、二次感情による増幅を制御しようとするものだと言えます。しかし、劣等感の強い人は、一次感情と二次感情がともに強くなりやすく、まことに厄介です。

 というのも、他罰的であったり他者を貶めたりする状態は、「相手への期待の高い」状態であり、期待はずれ感もまた大きいからです。つまり、「イラッ」ではなく、はじめから「この野郎!」となり、二次感情では「この恨みはらさずにおくべきか」になってしまいます。

 責任を他者に転嫁する合理化は、他にも問題を起こします。「他の人たちもやっていることなのに」とか、「私はたかが5,000円。不正にもっと巨額を儲けている人は他に沢山いる」など、「何故、自分だけ責められるのだ」と開き直りやすいからです。

 自分では劣等感を抱く部分を直視しないのですから当然かもしれませんが、「自分が出世しないのは正直者だからだ。他の人は平気で嘘をつくから出世する」と自分を正当化するため、不正を働く敷居は低くなってしまいます。

 こう考えると、劣等感の強い人は、虐待はむろんどのような不適切な言動をとっても何ら不思議はないような気がしてきます。

 そして、虐待者が数多あるリスク要因に囚われる点に注目するのも一つの方向性ですが、劣等感を減じる手立てを講じる方向のほうが、より即効性があるように思えてきます。幸福感の向上に役立つことは全て有効なうえ、実行もされやすいからです。

「現実は見ないのが私流!」
「そのうち痛い目をみるかも・・・」