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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

イギリスのEU離脱

 先週末、イギリスは国民投票によってEUからの離脱を決めました。イギリスは、大衆社会的統合が破たんし、分断の危機に直面しています。


 残留派の多かったスコットランドは、はやくも独自にEUに残留する道を模索し、改めてスコットランドの独立に向けて国民投票を再び実施することまでが現実味を帯びてきました。

 離脱派が主流を占めたイングランドで、EUの恩恵を受けてきた金融シティーのあるロンドンは、イギリスから「独立」しようと呼びかけるオンライン署名運動がすでに15万人以上の支持を集めています。つまり、イギリスが本当に分裂・分解しかねない事態にあるということです。

 昨日配信された時事通信社の記事は、イギリスに分断と亀裂をもたらす対立軸を整理しています。これを紹介すると次のようです。

<経 済>
  • 残留派:離脱なら対EUに関税。外国からの投資が減少し、景気悪化や失業を招く。金融市場大荒れに。
  • 離脱派:英国は世界5位の経済大国。EUとすぐに有利な自由貿易協定を結べる。

<移 民>
  • 残留派:労働力増加は経済や社会保障を支える。
  • 離脱派:移民は医療・教育などの公共サービスを圧迫。

<主 権>
  • 残留派:EU共通の政策に利点。
  • 離脱派:政策の自主決定権を取り戻す。EU法の束縛から逃れる。

<社会保障>
  • 残留派:離脱なら景気悪化、働き手の減少で財源不足に陥る。
  • 離脱派:EU分担金支払いをやめ、医療サービスの財源にする。

安全保障・治安>
  • 残留派:離脱なら「西側」の結束にひび。EUとの情報共有に支障。NATOの弱体化。
  • 離脱派:EUの「人の移動の自由」がテロのリスク高める。

 同配信記事はケント大学のマシュー・グッドウィン教授の見解を紹介し、(1)中産階級と労働者階級、(2)若者と高齢者、(3)大都市居住者と地方居住者-という3つの次元で価値観がまったく異なり、それぞれのグループの前者が残留を、後者が離脱をそれぞれ支持したと報じています。

 イギリスのEU離脱をめぐって露わとなった国民の分裂は、わが国の現状にもかなり共通する点があるでしょう。これらの分裂の基軸に、「経済」や「経済成長」そのものの意味や価値づけをめぐる対立が、もはや覆い隠すことのできない剥き出しの状態になっているように思えてなりません。

 報道に登場するエコノミストのコメントは、「経済にとって離脱は何ももたらさない」というところが最大公約数です。ここにいう「経済」自体が、すでに根底から異なる価値に分裂しています。

 投資を利する経済成長を持続させることに価値を見出すことできる人たちと、国がEUやTPPの一員となることによって失業を余儀なくされる立場の人たちとで、経済と経済成長の見え方が全く異なることは言うまでもありません。

 20世紀の間、利害の異なる国民を社会的統合に導く有効な手立ては、福祉国家によるソーシャル・ポリシーでした。経済成長の果実を所得再分配によってソーシャル・ポリシーに回すことは、国民全体の生活の豊かさを実現する有効な手立てでした。

 ところが、単一国家の枠組みをはるかに越えたEUという単位で、人・モノ・金の自由な行き来が可能となると、瞬時にして移動する投資資金の捕捉、EU全体の中で発生する不均等な状態の克服、社会民主主義的な政策価値に基づく経済成長の再分配等の実現には、巨大な官僚機構と相当長い歳月が必要です。

 ここで、長い歳月を待たずしてEUの統合による恩恵をすでに授かっている人とそうでない人との格差の拡大に速やかな手当てがされず、文化的抵抗感を含む点で従来型の失業とは異なる「移民に仕事を奪われる」事態が深刻化すれば、不満が噴出するのは当たり前です。

 「今ここで」仕事のない人たちにとっての経済と、投資した資金を効率よく増やして回収したいと考えている人たちにとっての経済は、まったく意味を異にします。たとえば、日本人の失業者が静かな温泉の露天風呂に入ったところ、「ここは上海の温泉?」と思えるような場面に出くわし、目の前の外国人たちに自分の仕事を奪われているとすれば、文化的アイデンティティや日本人として誇りはずたずたに引き裂かれるでしょう。

 産業資本主体の時代は、経済成長の果実の再分配が単一国家内で、見える形で実行されてきたのに対し、金融資本主体の時代は、経済成長の果実が瞬く間にまた新たな投資へと地球のどこかに飛んでいく。だから、経済は成長しても、民衆の多くはちっともその果実にあやかることはない社会構造になっている点こそが問題なのです。これが、20世紀の福祉国家型福祉を破壊してきた真犯人であると考えます。

 グローバリゼーションは、文化や地域性と無縁な金融価値の増殖を果てしなく追い求める点で、「顔の見える関係」から「関心を向け合う関係」を育む地域性・文化性・国民性の枠組みと激しく対立し、その強欲さが牙をむくときに「ハゲタカ」と呼ばれるのです。

 グローバリゼーションの進展の中で、新たな時代の社会保障・社会福祉を構築できるのか否か、これからの地域福祉の展望をどのように描くことができるのか。社会福祉原論の研究者が、真っ先に解明すべき研究課題です。