メニュー(閉じる)
閉じる

ここから本文です

梶川義人の虐待相談の現場から

梶川 義人 (かじかわ よしと)

様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。

プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)

日本虐待防止研究・研修センター代表、桜美林大学・淑徳大学短期大学部兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。

死者の叫びに耳を傾ける

 これまで多くの事例検証会に参加し、その学びの多さについて述べてきたせいでしょうか、読売新聞の記事(1月17日付朝刊)が目に留まりました。それは、厚生労働省が2025年から、18歳未満の子どもについて原則、全死亡例を収集・検証するChild Death Review(CDR)を導入するという記事です。

 わが国で4月に施行される死因究明推進基本法の附則には、このCDRの検討をすることが明記されていて、今年4月から、いくつかの自治体でモデル事業が行われるそうですから、私としては興味津々です。

 死亡例をすべて検証すればきっと、児童相談所や警察が把握できなかった虐待や事故の発見につなげたり、再発防止の役に立つ知見が得られたりすることでしょう。むろん、子どもに限ったことではありません。高齢者や障害者に対しても同様の仕組みが整えられたなら、対人援助の分野はどんなにか進歩することでしょう。

 記事によると、医師会が把握するすべての医療機関や医師に、18歳未満の子どもの死亡診断書やカルテを提出してもらい、警察など関係機関にも情報提供を求め、収集された情報をもとに「検証委員会」による分析がなされるという流れのようです。

 こうした文章や情報の提供は任意ですが、厚生労働省は「責任追求ではなく再発防止が目的だ」として協力を求めていくそうです。また、子どもや関係者の個人情報は、自治体や医師会が厳重に管理するといいます。

 検証委員会のメンバーは、小児科医や監察医、警察・消防関係者、保健師、児相職員などが想定されていて、虐待や事故の事例検証を通して再発防止策を自治体に提言することになっています。そして、この提言を受けた自治体が、虐待防止の取り組みや救急医療体制の見直しにつなげます。

 私も、社会福祉審議会や重篤な虐待事例の検証会の委員を務めていますので分かるのですが、これらのことを行うには、相当な人手と時間とお金を必要とします。しかし、検証によるご利益の大きさを考えて、多角的な視点から十二分に時間をかけて検証されるように切望します。

 もっとも、「死亡=支援の失敗」というイメージもあって、関係者の口が重くなることや、「責任追求ではなく…」はお題目に過ぎず、実際は「悪者探し」に傾きやすいことも予想に難くなくて気がかりです。是非、良かった点にも目を向けて、建設的な方向に進んでいって欲しいと思います。

 ところで、記事によると、わが国の18歳未満の子どもの死亡数は1年間で約3,800人(2018年)だといいます。それなら、従事者による子どもや障害者、高齢者の虐待事例の件数はずっと少ないのですから、原則すべてを検証することだって非現実的ではない、と言えるのではないでしょうか。

 東京オリンピックでの日本勢のメダル・ラッシュを期待するのも悪くはありませんが、CDRに関して、世界ではじめて導入した米国カリフォルニア州に、わが国は42年も先を越されたことを、大いに悔しがるのもまた悪くはないと思います。

「ただいまぁ!」
「そうだ、誰もいないんだった・・・」