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梶川義人の虐待相談の現場から

梶川 義人 (かじかわ よしと)

様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。

プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)

日本虐待防止研究・研修センター代表、桜美林大学・淑徳大学短期大学部兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。

それでも欲しい分かりやすい判断基準

 先日の大雪の時、私はふと気づきました。それは、向こう三軒両隣、皆さん「少しだけ」お隣さんの部分も雪かきしているということです。ほんの1、2メートル程度でも「少しだけ」のご厚意を強く感じます。

 思えば、私たちは知らず知らずのうちに、いろいろな基準を適用し判断しているのかもしれません。天気予報で使われている言葉は、私たちが知らないだけで、定義はかなり明快です。調理でも、「塩少々」は親指と人差し指でつまむ量、「塩ひとつまみ」は人差し指と中指、親指の3本の指でつまんだ量、と案外明確です。

 ですから、よく「虐待か否かの基準は曖昧だ」とは言うものの、分かりやすい基準を見つける努力は、続けた方が良いのかもしれません。ここでは、二つほど取り上げて考えてみたいと思います。

 一つは「ネグレクト」についてです。ネグレクトは、法的に強い介護義務があるわけではない家族などの場合特に悩みます。確かに、保護責任者遺棄にあたるようなら虐待となるのですが、「ちゃんと介護されていないからネグレクトが疑われる」という場合、「ちゃんと」というのはとても曖昧です。そこで、条文にある「衰弱」が確認されるまで、虐待の認定が躊躇われるのですが、「衰弱」してしまったのでは手遅れになりかねません。

 この点で、埼玉県虐待禁止条例は、第6条で、養護者には「安全配慮義務」が課せられており、虐待防止法より判断しやすくなっています。安全配慮義務の判断ポイントは、第1に予見の可能性があること、第2に結果の回避(回避できたのにその義務を怠った)こと、第3に因果関係がある(損害と安全への配慮の欠如には因果関係が認められる)だからです。

 また、イギリスの介護者支援法も大いに参考になります。どのくらい介護をすれば、レスパイトできるとか、介護休暇が取れるとか、それなりの基準を示しているからです。

 二つは「差別」についてです。障害者虐待防止には差別が含まれていますし、埼玉県虐待禁止条例では、児童や高齢者に対する差別さえもカバーされています。しかし、虐待の行為類型に比べると、より曖昧な印象はぬぐえません。

 たとえば、差別と区別の問題があります。区別する側は、相手にとって良かれと思って区別したのに、区別された側は、それを負のレッテルを張られ、差別されたと感じる、というような場合です。

 言葉による抑制、すなわち「スピーチ・ロック」なら、「〇〇しないで下さい」とか「○○して下さい」など、命令的な表現ではなく、「〇〇しないで頂いても良いですか」とか「〇〇して頂いてよろしいでしょうか」と、相手の意識確認をする、質問形式で問いかるようにすれば、各段に柔らかい表現となります。

 つまるところ、相手に聞けば良い話なのですが、それが難しいことも多いので困りものです。さりとて「言葉狩り」も困りものですから、「相手を良く知ろうとしないのは差別の第一歩」と考えるくらいが丁度良さそうです。

「敵の傷に塩少々・・・」
「敵には塩を送らないと!」