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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第25回 在宅の「食べる」を支える
訪問リハチームのチャレンジ(後編)

はじめに

 前回より医療法人社団緑友会らいおんハートクリニック(千葉県市川市)の摂食嚥下機能障害治療&リハビリテーションの取り組みをご紹介しています。同クリニックでは、外来診察・リハビリテーションも行なっていますが、記事では主に在宅療養・介護への訪問リハビリテーションチームの活動に触れ、前回は現状「まったく食べられない人」に対する訪問リハビリテーションを中心にうかがった内容をまとめました。
 今回は「食べる機能の低下がみられる人」に対するケアについてまとめます。

「摂食嚥下機能維持」のケア
患者家族の自覚を促し、食を見守る

 同クリニックの訪問リハビリテーションチームが摂食嚥下機能障害において対応するケースで多い患者の状態は「ときどき誤嚥して、危ないので訓練したい」というもの。ほとんどが高齢者の食事を見守る家族からの相談です。
 食べることは、ずっと問題なくできてきたこととして高齢者自身に「摂食嚥下機能低下」の自覚(病識)がないことが少なくありません。

「むせることが増え、食べる量が減っていたとしても、それが機能障害のせいとは思わない人が多いのです。しかし、僕らが定期的にリハビリテーションに出向くこと自体が注意喚起になり、安全に、しっかり食事がとれるよう『気をつけなきゃいけない』と患者さんの自覚を促すことになります。
 よく『準備体操もせずに走ったらどうなるでしょう!? 脚がつったり、転んでケガしたり、危ないですよね。食事も同じ。健口体操など準備体操してからにしましょう』とお話しします。食べることも筋肉運動なのでウォーミングアップが大切ですよ、と」。

 そう話す同クリニック言語療法部門主任・言語聴覚士の山崎勇太さんは「お口の中の衛生を保つことも、ずっとおいしく、安全に食べるためのトレーニングの一つと紹介しています」とも。

 訪問リハビリテーションチームがまず患者に行なうのは「食事評価」で、実際に食事をとる様子を見て、

  • ・食べる姿勢
  • ・一口量
  • ・主食、副食、液体の食べている形態
  • ・食べるときに使っている道具
  • ・食事の介助者は誰か
  • ・食事にかかる時間

をチェックし、評価します。この中で、在宅でとくに大事なポイントは「誰が食べさせているか」で、

「介助者の年齢・性別によって指導内容を変えます。お嫁さんや、娘さんなど比較的若いご家族なら、摂食嚥下のしくみも含めて理論的に説明し、どのような食形態や介助が適しているかをアドバイスします。
 患者さんの伴侶の方などご高齢な場合は、要点を分かりやすく、具体的にアドバイスして、負担にならないよう心がけています。
 在宅でのリハビリテーションや指導は、すべてがケースバイケースなので、この食事評価が最も重要な仕事です」(山崎さん)。

 姿勢や一口量、道具は状態に合わせて改善策を提案し、改めてみた結果どうか、ていねいにフォローします。
 食事にかける時間は1食30分程度を目安とし、毎食それを超えるようなら単品で高カロリーがとれる栄養補助食品の利用を勧めているとのこと。

「パーキンソン病などによる運動障害によって、食べ物を口に運ぶまで時間がかかる場合もあれば、舌の動きがわるくて飲み込みに時間がかかっている場合もあり、食べる時間の長短を一概にいうことはできません。
 しかし1食30分を超え、それが毎食となると食べる人も、食べさせる人も疲れてしまうので、デザートに高カロリープリンを加えるなど、簡単な方法で栄養確保を促します。食欲があれば、栄養が改善し、体力が戻ることで、摂食嚥下機能がよくなることもあるので、まずは『疲れない程度の時間で食べきれ、十分な栄養がとれる食事』を勧めているのです」(山崎さん)。

 食事評価の見直しは、難病による運動障害の場合は定期的に行ない、それ以外は随時、普段の食事やリハビリテーションの様子、結果を聴取して続けます。
 食事は栄養をとるだけではなく、生活の中での大きな楽しみで、家族とのコミュニケーション手段でもあるので、基本的に「口から食べる」を継続するための評価の見直しです。

「例えば病院では10口食べるうち1口誤嚥があり、肺炎のリスクがあるとなれば『食事禁止』となりますが、在宅では9口無事に食べられるなら『食べたい』という人が多く、患者さんの希望と状態に添って安全な食べ方を探すことになります。
 すこしでも、形態を変えても食べ続けることが機能の維持・改善のリハビリテーションになり、体力づくりになります。QOL全体の維持からも『食べたい』は叶えて差し上げたいことで、その点ではご家族の理解や協力も得やすい。在宅介護の中で、要介護者が『口から食べられる』ことは、家族間の明るい話題や笑顔と直結しやすい重要な機能だと感じています」(山崎さん)。

 余談になりますが、言語聴覚士は病院勤務の人が圧倒的に多く、地域医療では人手不足といわれますが、山崎さんは、「在宅への訪問リハビリテーションを担当して心からよかったと思っている」そう。それは、

「病院以上に、患者さんを診ることができるのが『在宅』ではないかと思っています。職種の壁を越え医療・看護・介護の技術が患者さんに注がれる場に立ち会え、学ぶことが多く、最期まで患者さんに寄り添える尊い場所です。
 個人的には、地域医療により深く関わっていくためにケアマネジャーの資格を得ました。今後は、ケアマネジャーの立場でも摂食嚥下機能障害のケアや訪問リハビリテーションの重要性を説くことができるので、より多くの方の理解を得られるように努めたい」。

 受験勉強をしてみて、摂食嚥下に関するリハビリテーションの重要性が周知されていない理由が見え、「医療側でなく、介護側の言葉でリハビリテーションを語る必要性を感じた」という山崎さん。2足のワラジが地域医療に貢献することは間違いなく、頼もしく思いました。

 次回は財団法人職業技能振興会と一般社団法人総合健康支援推進協会が共同認定する資格「介護口腔ケア推進士」について紹介予定です。

医療法人社団緑友会らいおんハートクリニック
千葉県市川市行徳駅前2-16-1 アルファボックスビル2F(東京メトロ東西線行徳駅前)
整形外科、リハビリテーション科、内科、代替療法