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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第26回 要介護者の口腔ケア
地域に広める「介護口腔ケア推進士」(前編)

はじめに

 今回から2回に亘り、財団法人職業技能振興会が認定する資格「介護口腔ケア推進士」についてご紹介します。この資格は、2014年2月から認定試験が行われていて、初年度3回(2、7、11月)の試験で555名が資格を得ました。第4回の試験は2015年2月22日に予定されています。
 このスタートしたばかりの資格制度について、財団法人職業技能振興会理事で、制度の運営を担う一般社団法人総合健康支援推進協会「介護口腔ケア推進士」認定試験チーフプロデューサーである土田良一さんと、直前ゼミの講師を務める歯学博士・ケアマネジャーの森元主税先生(東京都北区森元歯科医院院長)にお話をうかがいました。

口腔内衛生だけじゃない
介護の現場で求められる口腔ケア

 介護が必要な高齢者などが暮らす施設や在宅介護の場で、口腔ケアは要介護者の生活と健康、生命に関わるとても重要なケアです。しかし、さまざまな取材で耳にするのは、「口腔ケアというと『歯みがき』を中心に衛生面のことが注目され、もっと広い意味で必要な口腔ケアは行き渡っていない」という声です。
 要介護者に必要な口腔ケアに詳しい歯科医療と連携し、十分なケアに取り組めている施設や在宅介護家庭はまだ少なく、地域医療や介護に携わる人(一部、地域医療に携わる歯科医師や衛生士も)が、要介護者の口腔ケアに特化した知識や技術を学ぶ機会は少ないそうです。
 そこで、そうした現状を変え、介護の場で必要な口腔ケアを普及させる目的で誕生した資格が「介護口腔ケア推進士」ということです。

「8020運動の浸透などもあって口腔ケアが大切だということは広く理解されていますが、普及している知識や技術は教科書的な「口腔衛生」が中心です。しかし、地域医療や介護に携わる人なら、要介護者には、

  • ・口腔衛生(+誤嚥性肺炎予防)
  • ・摂食嚥下機能維持、改善(+免疫力アップ、低栄養防止<全身疾患予防>、QOL改善)
  • ・義歯を維持するための筋力アップ、義歯の手入れ
  • ・その他、疾患や薬の副作用などによる口腔機能悪化の際のケア

などを含めた口腔ケアが必要だと感じ、悩みをもつ人が多いでしょう。
 そこで、主に介護職の方を想定し、介護の現場で困っていることに応えられる学び、実践的な教育の機会をつくるために資格制度を設けました(実際の受験者のうちわけは後述)。

 また、正しい口腔ケアを認知症の高齢者に行なうためのコミュニケーション術や、在宅でのご家族との接し方なども、訪問診療で現場経験が豊富な先人から学ぶ機会が必要と考え、森元先生に直前ゼミ(認定試験前の講習会。希望者が受講)をお願いしています。
 講師が実際に訪問診療を行なった「症例」を見聞する機会は貴重ですし、机上にはおさまらない口腔ケア技術があることが分かります。介護職やご家族の日常のケアの参考になるだけでなく、どの段階で専門家(要介護者の口腔ケアに詳しい歯科医療)につなぐ必要があるということを理解することもでき、自分の勤める施設や家庭で今、起きている問題を改善するヒントになるでしょう。
 そして直前ゼミの質疑応答では、自由に質問でき、長年に亘り訪問診療を行なってきた森元先生の智慧を聞くことができるので、直前ゼミにはとくに実践的な学びがあるはずです」(土田さん)。

 直前ゼミの受講は必須ではありませんが、テキストや試験問題だけでは学べないことが画像や実技で学べるので、ぜひとも参加し、現場理解を深めてほしいと話します。

「歯科の訪問診療と、次の訪問診療の間のケアを担うのは介護職かご家族になります。その普段のケアが、治療効果を左右し、要介護者の口腔機能維持・改善に影響し、全身の状態に関わります。
 介護の現場では、ケアを始める時点で口腔内の状態がわるく、教科書通りにはいかないことも多いので、介護職やご家族は困っているのですが、ほんのすこしの工夫で、すこしずつでも状態を変えていくことができることを知ってほしいですね」(森元先生)。

 資格の名称を単に「口腔ケア」でなく「介護口腔ケア」としたのは、以上のような理由から介護現場に特化した知識と技術をもっていることを示すものだそう。そうした点が理解されたためか、介護職で占められるだろうと予想されていた受験者のうちわけは、実際には介護職55%、医療職(医師・看護師)27%となり、歯科医療職からも毎回受験者が数名みられたそうです(受験に資格制限はなく、誰でも可能)。

「受験者の声を聞いて、実際に地域医療に携わっている医療職に『今後は従来の口腔ケア知識・技術では支えきれない』という問題意識がもたれていると分かりました。医療職から受験者が多かったのは意外、地域医療・在宅介護の将来を考えると喜ばしい誤算でした」(土田さん)。

「歯科医学教育の中でも、まだ要介護者に必要な、実践的な口腔ケアを学ぶ場は少ないので、歯科医師や衛生士も機会を求めていると感じています。私は縁あって20余年、訪問診療や施設診療を続けてきて、さまざまな症例に関わってきましたから、行政の依頼で地域医療に関わる方に介護現場の話をする機会もありますが、そうした折にも新しい認識で口腔ケアの知識と技術を学ぶ必要性を感じている医療者・介護職が増えてきたと感じています」(森元先生)。

 では、「推進士」とはどういうことでしょうか。

「地域医療の中で、この資格をもっている人が中心となり、要介護者には広い意味での口腔ケア、『介護口腔ケア』が必要だという認識を広め、知識と技術を普及する活躍を期待しているのです。
 森元先生も話す通り、食べる・喋るは毎日のことですから、お口のケアは日々の積み重ねが大切です。誰かがケアできればいい問題ではなく、なるべく要介護者の自覚も促し、周囲の全員でサポートしなければ、すこやかさは保てません」(土田さん)。

「直前ゼミでも『今日の試験をパスしたら、介護口腔ケアの伝道師になってください』と話しています。介護口腔ケアの一つの効果は『介護負担軽減』ですから、介護職やご家族はそのことを理解して、積極的に介護負担を軽くするケアに取り組んでいただきたい。
 それはみんなの幸せにつながること。要介護度を上げないことが、社会全体の利益になります。介護口腔ケアの普及は、今後、地域包括ケアを実現するために不可欠な取り組みです」(森元先生)。

 次回は森元先生のお話を中心に、「介護口腔ケア」の重要性についてうかがった内容をまとめます。

 資格の詳細については一般社団法人総合健康支援推進協会のウェブサイトをご覧ください。