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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第37回 記憶にある食事、続けられるように 
株式会社ふくなおの商品開発(前編)

はじめに

 昨今、介護食品は展示会が盛んですから、筆者もなるべく足を運び、情報収集を試みています。パンフレットをいただき、試食して、商品がどのようなターゲット・目的で開発されているか、食べやすさや味、傾向などを学んでいます。
 一般的にはまだ、介護食品はおいしくないとか、細かく刻まれているか、ミキシングされていて「何の料理か分からない」などと悪しきイメージをもたれているかもしれません。病院食=介護食と考えられているところもあります。
 しかし、摂食嚥下障害の症状は多様なので、介護食品といっても軽い障害の人を対象にしたレベルの商品から、ミキサー食まで幅広く、多様化しています。そして、食品メーカーがしのぎを削り、食品加工の技術革新を進めたため、どのレベルの介護食品にもおいしそうで、おいしいものがたくさん出てきています。
 まれに「栄養がとれるとしても、自分としては食べたくない」と思う、悪しきイメージ通りの物もありますが、そういう物を食べて察するのは、「介護食品を開発するのは難しい」ということです。
 現在まだ介護食品は、家庭向けというより、病院や高齢者施設、給食業者などへの業務用として販売されている商品が圧倒的に多く、売れるために求められる条件が、物性・栄養価・素材・汎用性・おいしさ・見た目・価格等々たくさんあって、バランスよい商品開発をするというのは、大変難しいのではないかと感じます。
 そして年々需要が拡大し、在宅介護が増え、一般家庭での消費が伸びたとしても、同時に条件も年々シビアになっていくのではないかと思われます。
 今も年金暮らしで「食費しか切り詰めるところがない」という高齢世帯はありますが、まだ余裕のある高齢世帯も少なくありません。しかし10年後、20年後、30年後はどうでしょうか。食べやすくて、栄養があって、おいしそうで、おいしくて、お安いもの。介護食品の開発に、今後より一層大きな期待がかかっていきます。
 さて、そうした介護食品市場の中、目的をもって「嚥下ピラミッドのレベル4」に特化した介護食品の製造・販売を行い、おいしい商品開発にチャレンジし続けているメーカーがあります。
「中小…というより零細企業だから、食品メーカーとしては『ほぼ素人の集まり』だからこそ、できることもあるはず」というのは、株式会社ふくなお代表取締役・西野美穂さん(大阪市東住吉区)。今回から2回に亘り、同社のものづくりについて取材した記事を掲載します。

おいしい食材を届ける
嚥下ピラミッドL4にこだわる理由

 株式会社ふくなおの商品の中心は「やわらか素材・やわらか一品」です。現在、同社が販売する商品約60アイテムはすべて嚥下ピラミッドのレベル4に基づく物性で、そのうち約8割は野菜や魚、肉、魚介のすり身、団子、しんじょう、餅など煮炊きできる食材。調理しても形が崩れず、やわらかさも変わりません。好みの調理、味つけが可能です。まだ味がついた完全調理品はあまりつくっていません。
 同社は、練り物を中心とした伝統食材を製造・販売する株式会社大市珍味から発展的に分社した会社です。株式会社大市珍味の主力製品である魚介のすり身や豆腐を用いた「しんじょう」や「茶巾」などが市場調査の結果、介護食品として多く採用されていることが分かり、事業強化したのがスタートでした。
 ふんわりとした口当たりの伝統食材が、高齢者に食べやすく、また、食の好みに合うものだったからです。そのような物性の食材をつくる技術を一部応用し、野菜や魚、肉などあらゆる素材をふんわりやわらかく、且つ食べやすい形態にしたのが「やわらか素材・やわらか一品」ということです。
 取材時には、「やわらか素材」から「やわらかしいたけやん」「やわらかごぼうやん」「花形キャロりん」「さっくりお餅」を、「やわらか一品」から「やわらかたこ焼き君」を解凍し、温めたものを食べさせてもらいました(写真)。
 特長は、すべてそれぞれの味がするということ。噛んでいると食材ごとに違う食感があり、飲み込んだ後には口の中に素材特有の香りが残る、「素材の違いが分かる」食材です。見た目もご覧の通り、一般の食材と違和感がないように工夫されています。

「やわらかしいたけやん」
「やわらかごぼうやん」

「花形キャロりん」
「やわらかたこ焼き君」


「弊社が、煮炊きできる食材を主たる商品としてきたのは、摂食障害が出始めた方にも食べ慣れた、記憶の引き出しにある食事を召し上がり続けていただきたいからです。
 各地で食べ慣れている味は異なりますから、味つけに使う醤油や味噌は土地のものを使っていただくのが『食が進む』と思っています。東京の方なら濃い口醤油、大阪の方なら薄口醤油、名古屋の方なら赤味噌、香川の方なら麦味噌という具合に。
 食品メーカーとしての努力は、個々の素材らしい味・食感・香り・表情を残し、極力素材本来の栄養価を残すことに注いでいます」(代表取締役・西野美穂さん)。

 シイタケ独特の歯応えや、ゴボウ、ニンジン独特の後味、それぞれの栄養素を残しつつ、食べやすく加工することが「おいしいものづくりの基本。味は各々の嗜好と食の歴史に左右され、おいしさを左右するのは素材感ではないか」と話します。

「親会社は食品メーカーですが、弊社は私自身も、商品企画や開発に携わるスタッフなども食品メーカー出身ではありません。そんなメンバーが思い至るのは、食べる人が『おいしい、食べたい』と思うものをつくるということだけ。いろいろ手広くはできないけれど、『おいしい、食べたい』を叶えるためには手段・素材・工程にこだわらずに取り組むというのが、総勢12名の小さい会社だからできているのかも(笑)」(西野美穂さん)。

 管理栄養士でもある大阪チームマネージャーの恵谷仁美さんなど営業チームが、商品を利用する介護施設や病院などの管理栄養士や調理スタッフから「利用者の食が進むように、こんな食材がほしい」という声を吸い上げます。
「弊社の強みは、社員全員がどういった方が、どのように弊社の商品を召し上がっているか知っていること」と西野さんが話す通り、商品を使ってつくる献立を聞き、献立を提案して、どんな食材が必要かを探ります。
 その声が商品開発担当の掘地亜紀さんに伝えられ、商品開発がスタート。堀地さんは素材の産地検討や物性テストを繰り返し、恵谷さんは栄養価測定を繰り返し、社員総出で味見を繰り返し、皆で納得がいくおいしさを探していきます。
 必ずしも親会社から仕入れる魚介のすり身や練り物製造工程にこだわらず、「おいしい」を叶えるため新しい素材・工程も取り入れるとのこと。

「煮炊きしてなお素材感を味わっていただけ、栄養がとれる食材にするには、茹でて、砕いて、何かで固めるというようなつくり方はできませんし、素材の含有率も下げられません。
 親会社の工程の一部を材料のエマルジョン化などに利用していますが、何でも同じ工程でというわけにもいきません。
 ゴボウ、ニンジン、シイタケなど個性が強い野菜がいちばん苦労したので、野菜の味がしておいしい、野菜がとれるなどと言っていただけるとうれしいです」(掘地亜紀さん)。

 顧客からのオーダーは「食べやすいシイタケ」という具合で、かなり大雑把。イチから悩むのが仕事である堀地さんは「夢の中でもシイタケの物性を考えた」そう。  素材の含有率が高いのも特長で、例えば「やわらかごぼうやん」はゴボウ70%、「花形キャロりん」はニンジン80%、これらに魚介のすり身は使われていないとのこと。一方、「さっくりお餅」にはすり身が使われていると聞きましたが、食べてもさっぱり分かりません。餅の風味を感じるばかり。しかし歯や粘膜についたり、歯茎の下に溜まったりしませんでした。
 大阪の人にとってはソウルフードである「やわらかたこ焼き君」は、生半可なものでは絶対に食べてもらえないと分かっていて商品化しただけあって傑作です。口に入れると、ふわっと無くなります。しかし、タコの存在感と風味はあって、期待を裏切りません。

「一つの商品ができ上がるまでは、何通りも素材・物性・食感・栄養価・工程を試して、ときには社内で喧々諤々やって、おいしくなるまで何度もやり直します。
 ただし一旦、発売したら同じ品質の商品を出し続ける責任があると思っています。現材料調達では、季節や豊作不作などの条件によってまったく同じというのは不可能な面もありますが、『同じおいしさを届ける』は守ろうと。そのためにも開発段階では妥協しません」(西野美穂さん)。

 同社が考える「おいしさ」を表せる物性というと「嚥下ピラミッドのレベル4に基づくもの」に限ることになるそうです。歯茎や舌で押しつぶせる「やわらかさ」、くっつきにくく滑りのよい「なめらかさ」、バラけず、パサつかない「まとまり」に配慮した物性ということで、嚥下障害のある人向けの商品開発はしていません。
 それは、固いものや口の中にはりつくもの、バラけるもの、離水するものなどが食べにくいといった初期の摂食障害をもつ人が、それ以上の機能低下を起こさないように、「レベル4の状態にある人にこそおいしく、食べる楽しみを味わってほしいと考えているから」と話します。

「現在、弊社が責任をもってやれるものづくりは『レベル4』限定。それは私たち社員がぜひ取り組みたい目的に合致するものだからです。
 食べにくいから、食べないとなってしまうと、食べるための機能障害だけでなく、低栄養や体力・免疫力低下が起こり、活動量が低下して、ますます食が進まないという悪循環につながってしまいます。
 食べにくいなら、食べやすい食材に変えて、食べ慣れている味で、しっかり召し上がっていただき、食を楽しんで、元気でいていただきたい」(西野美穂さん)。

 西野さんが話す通り、食べにくいものを避けて食べ、全体量が不足していくことは、多くの高齢者にみられることです。
 家族も高齢者自身も、まったく食べていないわけではないし、ゆっくり時間をかけて食べているようにも見え、まさか不足しているとは思いません。痩せてしまったり、病気になったりすると、思わぬほどの速さで介護度が上がり、命の危険にもつながります。
 確かに、普通食を食べるのがちょっとしんどくなった「嚥下ピラミッドのL4」という状態は「口から食べる」ということで分岐点になるレベルで、機能低下の予防&リハビリテーションのために、また全身の健康のために、十分に食べることができるように食事を見直すタイミングです。
 同社のものづくりの根本に「レベル4でくい止めたい!」という目的があるのは、西野社長はじめ12名の社員それぞれに「介護食を変えたい」との思いがあったためだということで、次回はそれぞれの思いから、さらに今後同社がどのような事業展開を志向していくか、うかがった内容をまとめます。