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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第138回 東京医療保健大学東が丘・立川看護学部が
地域とともに開催「ひがしが丘保健室」

はじめに

 さる9月14日、東京医療保健大学国立病院機構キャンパス(目黒区)で開催された「ひがしが丘保健室」を取材、体験させていただきました。
 学生さんたちが主体的に運営する“まちの保健室”は明るく、活気に満ちていて、ポジティブに健康づくりの“行動変容”を起こすきっかけになる催しです。

健康づくりに火をつける
若者たちのキラキラ&グッドウィル

 このイベントは、東京医療保健大学東が丘・立川看護学部と目黒区ならびに地域のクリニックや訪問看護ステーションといった医療機関だけでなく、ピラティス教室や化粧品メーカーのような美容系機関が協働し、地域住民の健康づくりへの関心を高め、心身の健康維持・増進になる具体的な“行動”につながるよう啓発する定期催事で、年2回の開催、今回で5回目を迎えたとのことです。

 当日は10時開室でしたが、10時にはすでに「健康測定(1) 認知症・フレイル・健康測定コーナー」に長い列ができていて、この催しがすでに地域住民に定着していることをうかがわせるにぎわいでした。
 告知は大学のウェブサイトと区報、学生による近隣へのチラシのポスティングで行ったとのこと。また参加者には毎回、次回開催案内のチラシを渡し、希望者には事前通知もするため、リピーターが増えているとのことでした。

 骨密度や血管年齢、体組成、歩行速度、握力、脳の元気度チェックなど10項目の列に並びながら様子をうかがうと、多くの方は勝手知ったる様子で測定コーナーを進んでいきます。筆者は前後の方などにそれぞれの背景をうかがいながら、体験しました。

 話した方に、今回初めて来た方はおらず、「体力測定とはいえ全部回るとお腹が空くから、お昼までに終わらせたい。順番通り回らなくてもいいのよ」と指南してくれたご婦人は、地域ボランティアのメンバー一同、誘い合わせて来たとのこと。
 女性は概ね友人同士2人連れ、またはグループで、男性は単身で参加している方が多かったように見えました。この男性方にとって、この場への参加が貴重なフレイル予防の機会とうかがえます。
 ケアマネジャーさんに付き添われて参加されていた年配のご婦人は、「定期的に骨密度を測定したいが、それだけのために病院に行くのはいやでここを利用させてもらっている。『脳の元気度』チェックも問題なしよ」と笑顔で答え、ケアマネさんが「ここに来るときはいつも以上に元気で私もうれしい」と、やはり笑顔で応じていたのが印象に残りました。

 みなさん測定しながら、学生さんと他愛ないおしゃべりを楽しみ、結果には真剣に向き合い、記録に“萌え”る姿があちこちで見られます。
 「血管年齢が実年齢より●歳若い」などと若者から告げられるとなんとも誇らしげ。リアルな数値とゆるいコミュニケーションのバランスがよく、「健康づくり」が楽しい印象です。

骨密度測定の間に、学生さんから高齢の参加者へ食生活改善のアドバイスなども。

 筆者も測定結果に対して学生さんからポジティブな励ましをもらうのが実にうれしい体験でした。イタい結果も素直に受け入れ、前向きに行動しようと思えたあのムードは、何といっても学生さんたちの健やかオーラがキラキラ、みなを包んでいたから。看護師をめざす若者たちの無垢な親切や善意があふれていて、「ありがたいこと」というご年配の方の言葉に共感しました。
 大学の教職員のみなさんが、学生たちをバックアップし、盛り立てている様子も微笑ましいものでした。

 「5回目となり、リピーターの方も増えて、学生たちには大変貴重な体験の機会を与えていただいており、地域に感謝しています」(東京医療保健大学東が丘・立川看護学部事務部東が丘事務部長兼立川事務部長・利光重信さん)。

 「地域包括ケアのひとつの取り組みとして、学生が地域貢献できる場づくりを続けていきたい。この催事をきっかけに、地域の医療現場の、医療者である諸先輩方との交流から得るものも大きいようです」(東京医療保健大学東が丘・立川看護学部看護学科准教授・佐藤潤さん)

 測定結果からフレイルの兆しが見られた方、何か心配事がある方は、最後に「健康相談」を受けることもできます。
 「健康測定(1)コーナー」には、医療法人社団創福会ふくろうクリニック等々力の医師や専門職がスタンバイ。フレイルや認知症の啓発と相談に対応していました。
 同クリニック・フレイル外来のリーダーである薬剤師の中谷美夏さんは次のように話します。
 「前回から協働させていただいています。フレイルについて、また予防のための『リハ栄養』や『栄養補助食品』などを知っていただく機会として、この催事を大切に思っています。催しを機にご縁ができた学生さんの中から、卒論のために当クリニックで統計調査を始めた方も。地域の専門職と、未来の専門職でともに地域の健康づくりについて具体的に話せるようになったことは、思いがけない、うれしい展開です」。

 「健康測定(1)コーナー」のほかに、血圧や足指力、ヘモグロビン推定値などを測る「健康測定(2)コーナー」、肺年齢チェックの「健康測定(3)コーナー」もあります。
 またピラティス体験、アロマトリートメント体験、メイク講座や、目黒区西部包括支援センターによる介護予防相談などもあり、各コーナーを回って終わると、測定結果とともに「測定結果の見方」や「ケア情報」がフィードバックされ、お土産となった情報量は結構なものでした。

 会場のあちこちに手づくり感いっぱいの装飾や健康情報掲示があり、学生さん達の地域住民を迎える温かい気持ちがよく伝わったことも付記しておきます。
 全体の来場者数は206名とのことでした(後日、主催者発表)。

 なお初の試みで、「くちビルディング選手権」も同時開催され、「黒ひげペロリ」「ふーふードキドキレース」の2競技が行われ、75名の参加があったとのことです。
 「くちビルディング選手権」は一般社団法人グッドネイバーズカンパニーが摂食嚥下機能低下や社会的フレイルを防ぐヘルスケアをより楽しく行うプログラムとして開発、全国に広めているスポーツイベントです。
 (詳細はこちら

 東京医療保健大学東が丘・立川看護学部看護学科教諭の浜崎曜子さんが「くちビルディング選手権」のファシリテーター養成講座を経て企画、13名の学生ボランティアとともに運営しました。
 健康測定コーナーとは雰囲気を違え、運動会のBGMが響く競技スペースでは、学生さん達の声援でやる気に火がつき、額に汗するくちビルダーが多数。
 競技終了後、学生さんから手づくりの「煎餅メダル」をかけてもらいご満悦の笑顔も多く見られました。
 日頃は老人会で吹き矢をしているというご婦人は、「ふーふードキドキレース」の後、「吹き矢とはまた違う吹き方でないと進めない。難しくて、楽しかった」と率直な感想を述べ、その場が離れがたい様子で、続く挑戦者たちにアドバイスと声援を送っていました。
 手づくりの「煎餅メダル」はとても好評で、別のブースへ移動しても胸にかけ続けている方(とくに男性)が多く見られ、ささやかな賛辞や祝福が人の意欲や活動に与えるエネルギーの大きさを感じました。

思わず真剣勝負となり、楽しみながら口腔機能を鍛えることができる「くちビルディング選手権」。

学生さんから手づくりの「煎餅メダル」をかけてもらい、くちビルダー気分満喫!

 筆者は一般の方に混ざり、ゆっくり体験させていただいて、楽しく自分の健康について知り、考える機会を得ました。結果は思っていた以上に「フレイルは身近な問題!」という気づきで、少し冷や汗をかいていますが、これを下肢の筋トレを始める好機にします。
 一般市民として、身近なところでこのような取り組みがあればと実にうらやましく思いました。
 人と場が揃った医療系大学という資源があってこその催事とも思いましたが、考えようと工夫によっては一般市民も地域の専門職とともにこのような催事を企画・運営することができるのかもしれません。
 おじさん・おばさんが中心の市民には若い人と同じパワーは出せず、もうちょっとこじんまりするにしても、「楽しい健康測定」「まちの保健室」「多世代でコミュニケーション」はどの地域にもあるといいです。
 地域のさまざまな立場、年代の人が協力して「地域の健康づくり」になる“保健室催事”を開催するのは楽しいはず、と思い直しました。
 全国に善い伝播があることを祈念しつつ、自分の地域について思いを巡らします。