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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第58回 地域で超・栄養ケア 
訪問栄養士ができるすべてのこと(4)

はじめに

 全4回で江頭文江先生(神奈川県厚木市・地域栄養ケアPEACH厚木代表)にうかがったお話を掲載しています。初回は「地域づくり」、第2回は「在宅栄養ケア」「ターミナルケア」、前回は「摂食・嚥下障害のケアに携わった経緯」「コミュニケーション力」についてまとめました。
 最終回は江頭先生が率いる訪問栄養士ネットワークの活動から、専門職のネットワークと仕事のための学びについて、うかがったことをまとめます。

実践者も語り、学び合おう
それぞれ地域で1歩先へ

 江頭先生は厚木での活動が10年目を迎える頃、全国各地で訪問栄養ケアを実践している知己のメンバーで「訪問栄養士ネットワーク」を立ち上げました。メンバーは、それまでさまざまなセミナー等で顔を合わせることが多かった面々。会えば「こんなことがあって、どうした」「こっちはこう」などと実践者ならではのリアルな情報交換をしていて、それが具体的な学び、リスクマネジメントに通じることに気づき、定期的にその場を設けることにしたのです。

「既に活動している人が即業務に落とし込めるような学びを得られる機会というと、一般的な座学ではなく、個々の体験や地域事情を語り、分析し合う中から『学ぶべきこと』を掘り出す議論を展開するミーティングが必要でした。
 年1回程度、誰かが具体的に抱えている悩みをテーマに掲げて開催していますが、毎回かなりハードボイルドな議論が展開されています(笑)。  けれど、この場では現実に起きている問題からリスクの在処を知ることができ、解決例や失敗例をつまびらかにして、別の解決策案を検討でき、それは人によってはリスク回避の情報になります。
 同様の問題を既に解決したことがある人には『振り返り』の機会になり、それも新たな気づきや学びになるでしょう。それぞれの地域で訪問栄養ケアを行なう際の契約に必要なノウハウや制度理解など、実務的な事柄を確かめ合うこともあります」(江頭先生)。

 当初は実践者だけの会合でしたが、回を重ねる中、訪問栄養ケアを始めて間もない人や、いつか訪問栄養ケアをしたいという栄養士からも参加希望があり、門戸を開きました。

「皆に実りがある集まりであり続けるよう、随時スタイルを見直す必要はあると思っていますが、現在は同じテーマを共にグループディスカッションする方式。ただし、実践者か初心者か、いつかやってみたい人か、は一目瞭然となるように名札を工夫しています。
 情報交換が目的なので、実践者は実践者の意見、初心者は初心者の意見を述べるのがルール。初心者だから何も情報提供できませんというのはNGと決めています。
 初心者の意見を聞き、実践者が初心を思い出すことがあります。実践者が苦心の末、たどり着いた経緯を聞き、ヒントを得て、在宅ケアを始めて間もない人が『ほんのすこし立ち止まっただけですんだ。また進める』ということもあります。ただし皆、ここでは容赦なく本音でぶつかるので、それが許容できる人だけが集っています」(江頭先生)。

 苦笑しながら「私も同職種にはつい厳しいことばかり言ってしまう」という江頭先生。解説するのは野暮ですが、その厳しさは、訪問栄養士の仕事の可能性を信じているからでしょう。

「まだ『栄養士さんはどこにいるの?』という地域も少なくないようです。しかし、連携の手前で足踏みしている場合ではない。地域の他職種に、訪問栄養士から存在をアピールし、実績をつくらなければなりません。
 地域包括ケアの仕組みづくりが進む今、私たち栄養士が変わらなければならないという危機感があります。しかし、ちょっとうまくいかないことがあり、壁にぶつかると腰が退けてしまう人も少なくない。自分を省みないまま、状況のせいにしていても、仕事は生まれません。
 うまくいかないことには必ず理由があります。その理由を見つけ、納得して前に進むには、まず徹底的に考えるしかない。1人で考えても突破口が見つからないこともあるから、訪問栄養士ネットワークでは議論が大切です。思慮の足りなさに気づけるぐらい“こてんぱん”にされても、外の社会で打ちのめされるよりはいい(笑)。
 例えば、伝え方を工夫することなく、話を聞いてもらえないと嘆く。プランが要介護者の生活や介護者の介護力に合った現実的なものか見直さず、やりたいことができないと嘆く。
 あなた、へとへとに疲れているときも人の長話が聞ける? 自分は何を食べている?
 求めているアウトカムは何?
 日々の仕事の中での悩みはいろいろ、乗り越えた後にはつまらないことだったと思うような悩みもあるのが“リアル”です。高尚であろうと、なかろうと、自分の課題を解決するために考え抜き、考えを整理するために自分の言葉で話すことが役立ちます。
 私自身も目の前に患者さんがいたから考えなきゃと思い、考え、答えを出して歩いてきました。目的を見失わなければ、考えられます。求めるアウトカムを出すために何をすべきか、どんなスキルが不足しているか、さかのぼって考えてみればいいんです」(江頭先生)。

 誰にも初心者の時代はあり、トライ&エラーから考え、知ることは多く、経験を積んだ後も「初心忘るべからず」と江頭先生は自分にも厳しい。

「訪問栄養士ネットワークの会合では、議論の中でエラーを振り返り、考え、答えを見出す。それはネットワークの仲間ではなく、それぞれ自分ですること。パッと分かり、次へ行ける人もいれば、時間がかかる人もいます。答えを出すのに時間がかかっても、考えながら動き、考えていることをムダにしなければいい。
 そして答えは1つじゃないかもしれないから、仕事を続けていけば、数年後には別の答えを出す自分になっているかも。その振り返りも必要なことだから、ベテランも含め全員が本気で議論に参加するのです」(江頭先生)。

 取材の帰り道、ふと「艱難汝を玉にす」ということわざを思い浮かべました。人生の別の問題でではなく、仕事で悩めることは考えようによっては幸福です。分かっている人は大変な仕事に抱きついていくのでしょうか。そうやって人が成長すれば、人で構成されている社会も成熟するでしょう。どんな仕事であっても同じと思え、筆者も自分を振り返らざるを得ませんでした。
 なお、今月10日には江頭先生の新しい著作が三輪書店より出版されます。真に嚥下調整食について理解を深めるために役立つ書となるよう、今年初めから構成や撮影、原稿執筆などの準備をしてきたとのこと。タイトルは「おうちで食べる!飲み込みが困難な人のための食事づくりQ&A」です。


「特長としては、重度な嚥下障害者を対象とし、おいしい嚥下食をキーワードに、嚥下食調理時のミキサーのかけ方や食材の特徴の理解と配合の違いなど、調理の手順の詳細をていねいに解説したこと、見た目だけでなく味にこだわった料理紹介に努めたことです。
 嚥下調整食は進化して、レシピも関連商品も増えました。けれど『おいしくなければ食べてもらえない』という原点に今一度立ち返って、シンプルな発想で味のよい料理をつくることをQ&A方式でお伝えします」(江頭先生)。

プロフィール
●江頭文江(えがしらふみえ) 「地域栄養ケアPEACH厚木」代表。管理栄養士。日本摂食・嚥下リハビリテーション学会評議員、日本在宅栄養管理学会評議員、神奈川摂食・嚥下リハビリテーション研究会世話人、神奈川PDN世話人、厚木医療福祉連絡会幹事、厚愛地区医療福祉連携会議委員、厚木市医療福祉検討会議委員。日本栄養改善学会、日本静脈・経腸栄養学会、日本病態栄養学会。福井県生まれ。静岡県立大学短期大学部食物栄養学科卒。聖隷三方原病院(静岡県浜松市)栄養科にて嚥下食の研究や摂食・嚥下障害者への栄養管理を行なう。2001年より神奈川県厚木市にて管理栄養士による地域栄養ケア団体「ピーチ・サポート」を設立。2004年に現名称に改称。2010年「訪問栄養指導対象者の現状分析と転帰に関する研究」で第76回日本栄養改善学会奨励賞受賞。著書に「在宅生活を支える!これからの新しい嚥下食レシピ」(三輪書店)、「かみにくい・飲み込みにくい人の食事(改訂版)」(藤谷順子監修 主婦と生活社刊)、「チームで実践 高齢者の栄養ケア・マネジメント」(阿部充宏協力 中央法規出版刊)ほか多数