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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第56回 地域で超・栄養ケア 
訪問栄養士ができるすべてのこと(2)

はじめに

 前回から江頭文江先生(神奈川県厚木市・地域栄養ケアPEACH厚木代表)にうかがったお話を掲載しています。前回は「地域づくり」についてうかがったことをまとめました。
 今回は江頭先生に在宅での栄養ケアと、ターミナルケアについてうかがったことをまとめます。

在宅介護を支えるマネジメント
最期に「介護者のための栄養ケア」

 在宅での訪問栄養ケアの場で江頭先生が重きを置いているのは「ニーズを引き出すこと」。
それも「日々、ニーズは変化する」を肝に命じ、その変化に対応してこそプロだと、常に自分を戒めていると話します。

「在宅に限ったことではありませんが、先入観をもって患者さんやご家族を見てしまうと、変化するニーズに気づけません。目の前の『現実』と向き合い、対応する。それを繰り返すのが仕事だと思っています。
 摂食・嚥下障害の評価がどうとか、栄養ケアの技術的なことがどうとか、エビデンスや症例を学ぶことは大切だけれど、ときとして知識は現実と向き合う目を曇らせます。
 患者さんの状態は個々でまったく異なり、ご家族との生活もいろいろ。昨日と今日は違う1日だということを見て、現実に対応した情報提供、ケアを継続しなければ支援になりません。同じことを伝えるにしても伝え方を変えるとか、あえて静観し、患者さんやご家族の状態・状況が変わるタイミングを見て動くとか、ですね。
 これは先輩のベテラン訪問看護師さんに教わったことですが、『在宅ケアの醍醐味は“攻める”より“退いて待つ”ことよ』って。経験を重ねる中でなるほどと納得しました。患者さんやご家族の現実と向き合っていなければできないことで、退くタイミング、攻めに転じるタイミングが大切だと考えています。
 先入観をもって患者さんやご家族を見ていると、その通りの情報しかキャッチできません。怖いことですが、ありがちな落とし穴です。ですから私は、例えばアセスメントも『見えているもの』を重要視します。
 訪問栄養士にはVF(嚥下造影)やVE(嚥下内視鏡検査)といった武器はありませんが、私はそれを幸いなことだと思っています。患者さんをよく観察するしか、手段がない。口の形、動き、呼気の状態、音。患者さんはたくさんサインを出してくださいますから、観察し、触診して、VFに劣らない情報を得るよう努力します。リアルな情報からニーズをくみ取り、『嚥下の具合はこうだから、このとろみ』などと根拠のある提案をしなければ、患者さんやご家族の理解を得て『食べる』を支えられません」(江頭先生)。

「在宅では栄養ケアというより『栄養マネジメント』の思考でサポートが必要」と話す江頭先生。それは「月に2日の訪問で、栄養士が行かない28日間も含めた食生活、生活を変えるにはどうするか」を考えて、栄養ケアを超えたマネジメントをすることだと話します。

「栄養士が行った日だけ食事が、栄養がとれたというのは目的ではないし、バランスよく食べていただかなくてはならないので、レシピは出していません。訪問した2日間で伝えたことのエッセンスが、毎日の食生活と生活に入るようなサポートが必要です。
 介護者の困りごと(ニーズ)を察知し、対応することによって要介護者への食支援が充実する環境をつくる、なども重視します。
 在宅ケアに関わるなら、どの職種であれ患者さんとご家族のクッションになることは多々必要になります。患者さんもご家族も、家庭の非常時に『この人は栄養士だから食べることの話』などと分別する余裕はありません。困りごとに気づいていない場合も少なくない。そういう事態だから支えが必要なのです。
 必要に応じ、患者さんのニーズをご家族に伝え、ご家族のニーズを患者さんに伝え、生活や心の健康を支えたい。ニーズによっては他職種のサポートをお願いするのも栄養ケアのうちです。食に限らず、生活に寄り添うことで好循環を起こし、それを患者さんとご家族に実感してもらうことがマネジメントの目的です。
 ですから患者さんを観察するのと同様に、介護者が『頑張りたい時期』か『ちょっと休みたい時期』か見守ることも重要で、必ずしもそのためにというわけでもないけれど、よく自分の子育ての話しをしますよ。
 子育てに限らず、生活者同士の話しをすると、生活にはいろんな時期があることを確かめ合えます。仕事で根を詰めればイライラしてしまい『私も家族に当たってしまうわ』なんて話して、笑い合えば、共感の中で家族への愛を思い出せる。介護者と介護とも、栄養とも違うことを話す時間に憩うことが気分転換を促し、ケア以前に人同士の関わりをもたせてくれることは多いです。
 その信頼関係がなかったら、栄養ケアは生活になじみません。そして私自身が、そうやって働いて、人と関わりの中で癒し合い、生活していることを見失ってしまうのはつまらない。ネタになってくれている家族には感謝しています(笑)」(江頭先生)。

 さらに、ターミナルケアにおいては「介護者のための栄養ケア」も重要だと話します。看取りの段階では、「何かしてあげたい」と切に願う家族にプロとして寄り添い、分かりやすく状況・タイミングを伝え、最期の食とどのように関わり、看取りたいか、言葉にならないニーズを引き出し、サポートしています。

「栄養士としても患者さんの最期の食と向き合わなければなりません。状況は刻々変化しますので、1口でも食べることが及ぼす影響を推察し、ご家族に伝えます。患者さんにとって食が負担にならないよう、食を断つタイミングも言葉がけしています。
 在宅介護の中で、何かせずにはおられないご家族にとって『食事』と『風呂』のケアをどのようにできたかは大切なことで、悔いが残らないように支えたいと思っています。ターミナルですから、実際に『食べられる』『入浴できる』ということが目的ではありません。患者さんやご家族の思いと、無理のないケアを支えます。最期を一緒に送って差し上げたく、そのサポートを『介護者のための栄養ケア』として実践しています」(江頭先生)。

 次回も引き続き、江頭先生にうかがったお話をご紹介します。

プロフィール
●江頭文江(えがしらふみえ) 「地域栄養ケアPEACH厚木」代表。管理栄養士。日本摂食・嚥下リハビリテーション学会評議員、日本在宅栄養管理学会評議員、神奈川摂食・嚥下リハビリテーション研究会世話人、神奈川PDN世話人、厚木医療福祉連絡会幹事、厚愛地区医療福祉連携会議委員、厚木市医療福祉検討会議委員。日本栄養改善学会、日本静脈・経腸栄養学会、日本病態栄養学会。福井県生まれ。静岡県立大学短期大学部食物栄養学科卒。聖隷三方原病院(静岡県浜松市)栄養科にて嚥下食の研究や摂食・嚥下障害者への栄養管理を行なう。2001年より神奈川県厚木市にて管理栄養士による地域栄養ケア団体「ピーチ・サポート」を設立。2004年に現名称に改称。2010年「訪問栄養指導対象者の現状分析と転帰に関する研究」で第76回日本栄養改善学会奨励賞受賞。著書に「在宅生活を支える!これからの新しい嚥下食レシピ」(三輪書店)、「かみにくい・飲み込みにくい人の食事(改訂版)」(藤谷順子監修 主婦と生活社刊)、「チームで実践 高齢者の栄養ケア・マネジメント」(阿部充宏協力 中央法規出版刊)ほか多数