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梶川義人の虐待相談の現場から

梶川 義人 (かじかわ よしと)

様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。

プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)

日本虐待防止研究・研修センター代表、昭和女子大学・淑徳大学短期大学部兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。

文学は「心の機微」の宝箱

 私の好きな芸人の一人である又吉直樹さんが、芥川賞を受賞されました。私は、このニュースを知ったとき、四半世紀以上も前に、指導教授(スーパーバイザー)から、面接のスキルアップ・トレーニングとして、「古今東西の名文学を読みなさい」と言われたこと思い出しました。

 今にして思えば、「心の機微に触れる能力を鍛えよ」という教えであったように思います。しかし、当時、毛量豊富で紅顔の美少年だった私は、「なんとなく分かる」程度で、あまりピンときていませんでした。大した人生経験も積んでいないくせに、理屈っぽく「人間心理の共通性と多様性について学び、言語表現を豊富化せよ」くらいに捉えていたものです。

 その後、仕事柄必要だったこともあり、論文や学術書や実用書ばかり読むようになってしまいましたら、気づいたときには文学から遠く離れ、指導教授に言われたトレーニングを怠ける結果となりました。そのせいか、今でも「できる気になっているに過ぎないのではないか」という不安が拭えずにいます。

 ところで、心の機微に触れようとすることは、ある意味で、ビッグデータの分析に似ています。「対象者の言動全体」をビッグデータに見立てると、SNSの「つぶやき」データやPOSシステムの売上げデータを分析して、参加者や顧客の言動のパターンや法則性を見出そうとすることと、さほど変わらないからです。

 実際、話し手に関する新たな知見を得ようとして、談話を書き起こした文字列データを品詞や文の成分に分けて分析する「テキストマイニング」の手法が用いられることも少なくありません(「百聞は一見にしかず」なので、興味のある方は、無料サービス「UserLocalテキストマイニング」をお試し下さい)。

 もっとも、現実の面接などで、「ただいま分析中です。私が反応するまで今しばらくお待ち下さい」というわけにはいきません。そこでモノを言うのが、「古今東西の名文学」の読書経験です。名文学は、あらゆる「心の機微」の詰まった宝箱だからです。

 読書により蓄積された多種多様な「心の機微」に照らせば、「今ここで」に徹する面接場面でも、クライエントの言動のパターンや法則性(真の姿)に迫りやすくなるからです。

 たとえば、虐待の当事者にはよく、同じ相手に愛憎など相反する感情を同時に抱いたり、相反する態度をとったりする、アンビバレンス(ambivalence)がみられますが、心の機微に触れる能力に長けていれば、いち早く気づけるという按配です。

 いち早く気づければ、事前評価では短絡しませんし、二手も三手も先読みした支援計画を立案できます。それに、名文学の表現は案外、下手な学術書以上に論理的(筋が通っている)ですから、記録やプレゼンテーションのスキルアップにも役立つ気がします。

 こう考えると、私が今から「文学オヤジ」を目指すのは、「あり」なのかもしれません。

「文学作品は読まないから…」
「対人援助者失格。」