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介護職に就いた私の理由(わけ)

さまざまな事情で介護の仕事に就いた方々の人生経緯と、介護の仕事で体験したエピソードを紹介していきます。「介護の仕事に就くことで、こんなふうに人生が変わった」といった視点からご紹介することで、さまざまな経験を経た介護職が現場には必要であること、そして、それが大変意味のあることだということを、あらためて考えていただく機会としたいと考えています。
たとえば、「介護の仕事をするしかないか・・」などと消極的な気持ちでいる方がいたとしても、この連載で紹介される「介護の仕事にこそ自分を活かす術があった・・」というさまざまな事例を通して、「介護の仕事をやってみよう!」などと積極的に受け止める人が増えることを願っています。そのような介護の仕事の大変さ、面白さ、社会的意義を多くの方に理解していただけるインタビュー連載に取り組んでいきます。


花げし舎ロゴ

花げし舎ホームページ:
http://hanagesisha.jimdo.com/

プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ)

北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。

第105回 新卒で介護職へ 
介護は人と深く関わる仕事。同じように見える毎日だけど、いつもちょっと違うおもしろさがある。

伏木美菜子さん(22歳)
特別養護老人ホーム水元園
社会福祉士
(東京・葛飾)

取材・文:原口美香

声かけの大事さを知る

 この仕事に就いた頃、寝たきりの方なんだな、と思っていた利用者の方がいました。実際寝たきりで、全然言葉も出ない、とういうような感じだったのです。でもみんなで「こんにちは」とか声かけをしていたんですね。そしたらある時「こんにちは」と返ってきたんです。ずっと寝たきりだったんですけれど、それからどんどん元気になられて。寝返りもゴロゴロ打てるようになって、ベッドから落ちないようにマットを敷いて対応するくらいでした。今も、車椅子から落ちそうになるくらい元気です。

 そのことが、すごく印象に残っています。もちろん、元気になられたのは声かけだけの成果じゃないと思いますが、声かけって大事なんだなと思いました。他の利用者の方でも、声かけをし続けていたら、返してくれるようになったことがありました。だから、当たり前なんですけれど、返事が返ってこなくても、声かけはちゃんとしようって。寝たきりの方でも、状態が悪くなる一方じゃないんだな、というのも感じました。

他の仕事に就く自分を想像できなかった

 私は祖父母と同居していなかったのです。一年に一度会うか会わないかでした。だから逆にお年寄りが気になったのかもしれません。中学の職業体験の時、体験先のリストの一覧に特別養護老人ホームがあって、「ここがいいな」と思ったんですね。直接介護現場に携わったわけではなくて、利用者の方とお話をしたり、一緒に体操をしたり。最初は、老人ホームというと暗いイメージがあったんですけれど、実際行ってみると、みなさん明るい表情をしてらして、自分が思っていた印象と全然違うなと思いました。それでこういう仕事をしたいなと思うようになったのです。

 高校の時も、デイサービスにボランティアに行って、どんどんそういう思いが強くなっていきました。進路のことはいろいろ考えたのですが、他の仕事に就いている自分が想像つかなかったのです。

 最終的に進路を決める時に、高校の進路相談の先生に、「介護に進みたいけれど大学にも進学したい」と話をしたら、「大学に行くなら、まず社会福祉士の資格を取ってみたらいいんじゃないか」とアドバイスをもらいました。

 それで大学に進み、社会福祉士を目指して勉強しました。こちらに内定をいただいて、少しでも早く現場のことを知りたいなと思い、卒業の年の7月からアルバイトとして入りました。就職先をこちらに決めたのは、同じ大学の先輩が働いていましたし、大学の先生から、「研修制度が充実しているからとてもいいよ」と勧められたのです。自宅から通いやすいというのも決め手の一つでした。

利用者の方を知ることから始まる

 アルバイトに入った最初の頃は、ずっと見学でした。一日の流れを掴まないといけないので、この時間にはこんなことをする、こんな利用者の方がいるというのを付きっきりで教えていただきました。従来型の施設なので、受け持つ利用者の方が多く、顔と名前を覚えるのも大変でした。

 社会福祉士の勉強もあったので、途中お休みをいただいたりしながら来ていましたが、無事資格も取れて、今年の4月から正式にこちらの介護職員として働いています。社員になって感じたことは、アルバイトとは責任感が違うということでした。

 担当の利用者の方を6月から受け持つことになったのですが、その利用者の方のことなら、何でも自分が把握していないといけないという状態をつくらなければいけない。生活相談員、看護師、栄養士、作業療法士などの様々な専門職が集まって会議をする「カンファレンス」というものがあるのですが、それも後々自分が主体でやらなければなりません。過去の資料を見たりして、この方はどんな経緯で入所したのか、とか、こんな持病を持っているんだ、など、集められるだけの情報をちゃんと頭の中に入れておこうと必死でした。

人と関わるおもしろさ

 今、担当しているのは4名の方です。担当を持ったからと言って業務が今までと大きく変わるというわけではなくて、その方たちの居室の整理や、補充しなければいけないものはないかの確認や一日の記録。フロア40人の方と携わりながら、個別の対応もしていくというような感じです。

 水元園は、病院が目の前にあるという環境もあって、要介護度が高いんですね。寝たきりの方も結構いらっしゃいますし、9割くらいの方が認知症です。意思疎通ができないことも頻繁にあります。あまり反応がない方でも、手を握って声をかけたりすると、目をパッと開いてニコニコしてくださったりもします。先輩方がどんなふうに接しているかを見て、自分もこうしてみよう、こうすると上手くいくんだな、と日々学んでいます。

 最初は失敗することもすごく多かったです。利用者の方が不穏になっている時に、普通に接したら利用者の方にすごく怒られて。少し前まで怒鳴り散らしていたみたいなんですが、私はそこを見ていなかったので気が付かなかったんですね。利用者の方の表情や声や手の動きなど、ちゃんと観察することが大事なんだな、ということも感じました。

 今までは、利用者の方が怒りだしたら先輩が助けに入ってくださったのですが、最近は自分で、どう声かけしたら落ち着くのかと考えて挑戦することが出来るようになりました。「家に帰りたい、帰りたい」って言う利用者の方もいらっしゃって、「もうすぐご飯だから、ご飯を食べたら帰りましょうね」と少し廊下を一緒に歩いたりなど、そういう対応は以前より出来るようになったかなと思います。

 介護は人と関わる仕事なので、同じ毎日ですけれど、いつもと違う出来事があったりして、すごく楽しいですね。人のプライベートに、こんなに踏み込んでいくっていうことも、なかなか経験できないことですよね。人と関わるって、こんなにおもしろいんだ、ということを日々感じています。私はずっと介護に関わっていきたい。介護福祉士の資格も取ってケアマネジャーにもいつか挑戦したいと思います。


いろいろな方面から「福祉」に携わっていきたいと
伏木さん。

【久田恵の視点】
 頭の先っぽではなく、自分の身体や感覚を通して学んだことは、本当の意味でその人を耕し豊かにしてくれます。重度の介護が必要な寝たきりの状態にある方や認知症の方たちこそが、介護現場の教師なのだ、ということですね。それを素直に実感できる人が介護のスペシャリストへと育っていくのだと思います。