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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第105回 “しっかり食べて、出す”を支えるために 
知っておきたい高齢者の排せつの悩み(Vol.1)

はじめに

 食べることを支える中では、排せつケアも欠かせないポイントです。とはいえとてもデリケートな問題で、介護を受ける人と介護をする人が良好なコミュニケーションをとり、適切なケアにつなぐ必要があるでしょう。
 訪問看護師の長川清子さんに、在宅療養する人や家族から相談を受けることが多い排せつの悩み、問題についてお話をうかがいました。長川さんは、北区在宅療養相談窓口で専門職からの相談にのる傍、在宅への訪問看護を行っています。全4回でご紹介します。

改めて「尊厳を守る」に立ち返り
要介護者の心理に配慮したケアを

 訪問看護に出向いた先では、高齢者または家族からさまざまな排せつに関する相談を受けるものの、悩み・問題がデリケートなだけに、「高齢者自身と家族間で、必要なコミュニケーションがとれていない場合も少なくない」と長川さんは話します。
 高齢者自身は、失禁や頻尿、便秘など悩みがあり、困り、傷ついています。しかし恥じらいと、年長者(親)としてのプライドがあるため、家族に悩みを打ち明けたり、ケアを求めたりしづらく、家族に問題を知られたくないために、汚れた衣類や寝具を隠す、ケアを拒んで内向的になるなどが起きます。すると、そんな行動が家族とのトラブルのモトになり、高齢者の自尊心を傷つける悪循環につながる場合もあります。
 一方、家族は不衛生であることや臭いなどに悩みながら、リハビリパンツや大人用紙おむつ、ポータブルトイレの利用などの受け入れといった対処を望み、場合によっては頑なに拒む高齢者への対応で困っています。

「家族だからこそ、下のことは話し合いづらいこともあるようです。そのような場合、訪問看護や介護に携わる“身近な専門職”が、排せつケアがスムーズにいくお手伝いをする必要を感じます。排せつに悩み・問題がないことは、心と体の健康に大切なこと。最もご本人の尊厳を守って扱われる必要がある問題のひとつです。
 排せつケアに他者が関わることに対する羞恥心は、認知機能が低下している人も保たれています。その心理に配慮して介入することが大切でしょう。
 まず、排せつの悩みや問題を抱え、不安でいっぱいのご本人の気持ちに寄り添い、不安は解消できることを分かってもらうことが大切だと考えています。
 一般論として排せつ問題を取り上げ、高齢者の困りごとの代表であることをアピールし、ご本人の困りごとが見つかれば、話を深めていきます。
 困っていたことを共有できればしめたものです。話の中には、ご本人なりの工夫があったりします。もちろん適切ではないこともありますが、頭ごなしに否定はせず、衛生面や金銭面を付け加えるようにしています」(長川さん)。

 尿失禁の場合は、咳やくしゃみ、重い荷物を持つなどして腹圧がかかると尿が漏れてしまう「腹圧性尿失禁」か、それ以外に原因がないか、会話から聞き取るとのこと。腹圧性尿失禁は骨盤底筋の筋力低下が原因で、健康な高齢者にも多くみられる症状。尿取りパットやリハビリパンツ、など、便利でいいものがあり、気軽に対処できることを伝えるそうです。

「尿失禁や頻尿があると極端に水分摂取や外出などの活動を控えてしまう方もいるので、それが健康を害する原因になることを伝え、万が一、お便所に間に合わなくても困らないように対処をすることを提案します。“トイレ”ではなく、ご本人が使う“便所”“はばかり”などの言葉を共に使って話すように心がけています。
 パットなどについて、最近はテレビコマーシャルが頻繁に流れているので、製品認知はわりと高まっているようです。ただし本当に漏れないのか、かぶれないか心配する方は多いので、安心してもらうために、実際にパットやおむつに水を垂らし、その吸水性や肌触りなどを確かめてもらうと、不快な思いをするよりもよいと分かってもらえ、スムーズな利用につながります。
 介護を受けている人の『できないこと』に目を向けて排せつ習慣の改善を勧めるのではなく、『多くの人が排せつの問題で悩んでいて、あなただけではない』『現代はいいものがある、使わなきゃソン』という感じでお伝えしています。
 ただし、リハビリパンツは横向きになって寝ると漏れやすいので、寝て過ごす時間が多い方には紙おむつが安心でしょう」(長川さん)。

 腹圧性尿失禁以外の原因で、尿失禁が起こる場合は、泌尿器科の受診が必要になります。
 家族の協力も得て、長川さんは次の点をアセスメントするとのこと。

  • ・尿の回数が多い(昼間8回以上、夜間1回以上)
  • ・トイレに行くまで我慢できずに漏れてしまう
  • ・常に残尿感があり、出にくいのに少しずつ漏れている
  • ・運動機能の障害や認知機能の障害があり、尿意を伝えられなかったり、トイレの場所や使い方が分からないために漏れてしまう
  • ・尿意はあるにもかかわらず、出せない

 また、ご本人の既往疾患によっても、排せつトラブルの原因が、脳、脊髄、膀胱のどこで起きているかで、排尿障害の出方は異なるうえ、治療薬の副作用が原因のこともあるため、内服薬の服薬状況も重要な情報になるということです。

「泌尿器科の受診を勧める場合は、『多くの人がかかる病気のせいかもしれないから、一度診てもらうと安心ですよ』などと促しています。この段階では不安を助長しないよう、深刻にならないように気をつけますが、尿の出しにくさや失禁が続いていて、放置すると腎機能障害や尿路感染、かぶれなど皮膚疾患を起こすこともあるので、緊急性に応じて受診または対策(パットやリハビリパンツなどの使用)はなるべく速やかに行われるのが望ましいです。
 介護職の方が、このような医療的ケアが必要な可能性を考慮し、ご家族やケアマネジャーに気づきをつないでいただけるとご本人、家族が助かるでしょう。
 また夜間に頻尿の傾向がある方は、転倒のリスクを考えると、夜間だけでも紙おむつやポータブルトイレの利用をするのが安全ですが、ご家族が勧めても拒否されることが多いです。
 この場合も、進化している紙おむつの特長を伝え、実際に、目一杯、吸水させたおむつを手で持ってもらい、重量を感じたり、肌に触れる部分に触ったりして、機能の高さを実感してもらうと、『失敗するよりまし』などと利用のきっかけになりやすいでしょう。
 介護職の方がおむつかぶれや皮膚の変化、尿量や色、お腹の張りに異変を見つけたらケアマネやご家族にケアの必要性を伝え、訪問看護など医療ケアにつないでください」(長川さん)。

 便失禁の場合は便秘とのかかわりが大きいので次回に詳しく述べます。

 次回に続きます。

プロフィール
●長川清子(おさがわせいこ) 訪問看護ステーション所長、東京都立北療育医療センター勤務などを経て現職。仕事の傍、東京都訪問看護ステーション協議会「訪問看護の質向上の為の体系的教育プロジェクト」のワーキンググループメンバーとして未来の在宅医療を担う人材を育てるための訪問看護士のキャリアラダー開発に取り組んでいる。