メニュー(閉じる)
閉じる

ここから本文です

福祉の現場で思いカタチ
~私が起業した理由わけ・トライした理由わけ

介護や福祉の現場で働く人たちはもちろん、異業種で働く人たちのなかにも、福祉の世界で自分の想いを形にしたいと思っている人は、実はたくさんいます。そして、今、それを実現できるのが福祉の世界です。超高齢社会を迎え、これからますます必要とされるこの世界では、さまざまな発想や理想のもとに起業していく先達が大勢いるのです。そんな先達たちは、気持ちだけでも、経営だけでも成り立たたないこの世界で、どんな思いで、どんな方法で起業・トライしてきたのか、一か月にわたって話を聞いていきます。行政への対応や資金集めなど、知られざる苦労にも耳を傾けながら、理想を形にしてきた彼らの姿を追います。


●インタビュー大募集
「このコーナーに出てみたい(自薦)、出してみたい(他薦)」と思われる方がいらっしゃったら、
terada@chuohoki.co.jp
までご連絡ください。折り返し、連絡させていただきます。

花げし舎ロゴ

花げし舎ホームページ:
http://hanagesisha.jimdo.com/

プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ)

北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。

第34回② 前田哲平 株式会社コワードローブ 代表
誰でも普通に服を選べる社会にしたい!
「子ども用ボディスーツ」開発へ

株式会社コワードローブ 代表
前田哲平(まえだ てっぺい)
1975年福岡県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、銀行勤務を経て、2000年 株式会社ファーストリテイリング(ユニクロ)に入社。2018年から2020年の3年間に、800人を超える障害や病気を抱える人々に服についてヒアリングを実施。2020年9月にユニクロが販売した前開きインナー商品開発プロジェクトを主導。2021年 株式会社コワードローブを設立。ユニバーサルマナー検定2級取得。

取材・文:石川未紀

──前回は、前田さんが障害や病気を抱える人たちの悩みに気づき、大規模な情報収集をおこなってきた活動をお伝えしました。

──病気や障害を抱えている人の服について、大規模な聞き取り調査から気づいたことがあったのですね。

 はい。いわゆる障害者向けの洋服でなくても、十分に対応できる普通の服もたくさんあるということに気づきました。着やすい服、工夫すれば着られる服などはあるのに、「着られない」と思い込んでいたり、心のバリアがあって試着したり、買いに行くのをためらったりして試してもいないケースもありました。
 さまざまな方の洋服に関する工夫の体験を共有して、情報発信すればたくさんの人が役立つのではないかと考えました。
 実は聞き取りを始めた当初は、障害に合わせた特別な服を作るのが唯一の不自由を解決する方法だと思っていました。けれども、「こんな工夫でこの服も着られるよ」というような障害者向けの情報を共有すれば、世の中にたくさん出回っている商品を買えるのだから、すぐに「解決」できます。ユニクロ、GUやしまむらなど比較的リーズナブルなものから自由に選べれば、より選択肢が広がりますね。
 こうした視点で情報を収集して発信している人はあまりいなかったので、僕が聞き取りをした情報は役に立つのではないかと思ったんです。それで、当時は会社員でありながら、それを明かさない形で、個人のSNSで紹介していたんです。

──拝見しました。ポイントは、障害者向けの特別な服でなく、いわゆるユニクロなどどこででも買えるふつうの服の着こなしを紹介していて、目を引きました。

 障害者向けの別なニーズにこたえたものも当然あっていいし、尊いものだと思います。
 一方、普通に売られている服もそのままでも着方によっては着られるのに、知られていなかったりして、それはもったいないと。
 そもそも、障害者だからと言って高い服を買わざるを得ないというのはおかしな話です。大量生産できないからと、障害者自身に負担がいくのは、納得できないですね。

──障害児用の下着が3500円というのを見たことがあります。

 そうなんです。普通の人よりも洗い替えがたくさん必要な方もいます。それが3500円となるとそう簡単には買えないでしょう。普通の感覚でも下着でその値段は高いですね。
 当時、僕はSNSで発信していたときは、主にユニクロの服で、こう工夫したら着やすいよとか、こんな風にかっこよく着こなせるよという情報を発信していました。
 いずれ情報がたくさん集まったら、ユニクロと情報を共有して大きな取り組みとしてやっていければいいなという思いもありましたね。

──前田さんの活動は仕事とは一線を画しているけれども、どこかでその情報を生かしたいとは思っていたのですね。でも、まだ起業しようとは思い至っていなかった?

 はい。そうですね。
 実は、当時、ユニクロで子どもの前あきインナーの開発の話がありました。僕が、このようなアンケートや取材を重ねていたことを知っていた上司が、その開発メンバーに推薦してくれて、前あきインナーの開発に参加させてもらったことがありました。病院などの聞き取りと同時に、これまで僕が聞き取りを行ってきた多くの情報から、単純な前開きのインナーではなく、ロンパース、いわゆるボディスーツ型にした方がいいと、商品に入れ込んでもらって、完成したのが、ユニクロで発売された子ども用のボディスーツ型の下着でした。値段も990円とほかの下着とほとんどかわりません。当時、インスタグラム等のSNSで、「これを待っていた」「990円とはうれしい」「ユニクロさん、ありがとう」といった書き込みがたくさん見られました。ユニクロはこれまでにもヒートテックやウルトラライトダウンのような画期的な商品をたくさん販売してきましたが、この商品も多くの人に喜んでもらえる、驚いてもらえるという確信が僕はありました。
 特別なものを作るというよりは、より多くの人が着やすい服をつくる、買いやすい環境を作る。単純なことですが、僕にはそうした視点がこれまでなかったし、ファッション業界の人も実際にそうした方々の悩みを知らないのだと思います。
 そういう意味でも、このロンパース型の下着には意味があったと思います。
 ほかにも、服を作るだけでなく、買う場面でも、全国のユニクロ店舗で障害者や高齢者がより買物しやすい環境改善に取り組むプロジェクトを立ち上げました。

──このままユニクロにいて、そのような服の開発や取り組みをされるという選択肢もあったのでは?

 もちろんです。そして、迷いもしました。SNSで発信を始めた時も、起業や独立を考えていたわけではありません。ただ、ユニクロは日本人が着る服の10パーセントです。それもすごいことなのですが、それでも9割の人が違う服を着ているんですね。自由に着たい服を着られるようにしたい。ユニクロ以外の服も自由に発信していくためには、立場を離れたほうがいいと思ったんです。
 起業するには、もちろん悩みました。
 それでも、やりたいという思いのほうが強かったですね。これまで人生をかけて何かをやりたいとこれほど強く思ったことはなく、ここでやらないで後悔するのは、いやでした。
 本気で困っている人たちと一緒に解決していきたい。やってみることは、自分にとってみても、障害のある方たちにとってみても、決してマイナスにはならないと思い至り、ユニクロを退職、起業することを決心したのです。

──ありがとうございました。