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山口晃弘の超幸齢社会の最幸介護術

山口 晃弘(やまぐち あきひろ)

超高齢社会を実り多き「幸齢社会」にするために、
介護職がすべきこととは?
元気がとりえの介護職・山口晃弘が紡ぐ最幸介護術。

プロフィール山口 晃弘 (やまぐち あきひろ)

介護福祉士、介護支援専門員。1971年、東京都生まれ。高校卒業後、設計士、身体障害者施設職員を経て、特別養護老人ホームに入職し、介護職・生活相談員を務め、その後グループホームの管理者となる。
現在、社会福祉法人敬心福祉会 千歳敬心苑の施設長。著書に『最強の介護職、最幸の介護術』(ワニブックス、2014年)がある。

著書

『最強の介護職、最幸の介護術』
『最強の介護職、最幸の介護術』

「約束の丘」

 先日、採用面接を受けに来てくれた方に、「あなたの介護観を教えてくれますか?」と尋ねたら、「お年寄りはよく『長生きなんてするもんじゃない』と言うので、そう思わないような介護がしたくて…」と答えてくれました。

 私が介護の仕事を始めた20年前。Tさんという女性のご利用者がいました。
 当時、お身体は元気で、認知症もないTさんは、職員の相談役のようでした。夜勤の休憩時間などになると、仕事のこと、私生活のことなど、相談していた職員が多かったようです。私もその一人。Tさんはとってもやさしい方でした。

 そのTさんは口癖のように、「長生きなんてするもんじゃない。長生きしたってろくなことがない」と言っていました。私はその言葉を聞くたび、なんて答えていいのか分からず、聞き流していました。

 ある日、Tさんは乳がんの再発で、入院することになりました。私は、早番の勤務が終わると、「病院の食事はまずくて食べられない」と言って食事に手を付けないTさんに、ケーキなどを買っていきました。Tさんがそれを食べ、Tさんが食べない食事を私が食べる。下膳に来た看護師さんに「全量摂取です」などと平気で言っていたのですから、いま思えばとんでもないですね…笑。

 Tさんのがんは全身に転移し、医療では手の施しようがない状態となりました。Tさんは最期を迎える場所として、施設を選びました。がんの転移で腕がお相撲さんのように腫れ上がり、Tさんは痛みと闘う毎日でした。あのやさしくて穏やかだったTさんが「お願いだから殺してー!」と泣き叫んでいたときは、自分の無力さに絶望したことを覚えています。

 ある夜、退院してからはじめて、Tさんが穏やかな表情で月明かりが照らす空を見ていました。私は、(これがTさんと話せる最後の機会だな)と心のなかで思い、声をかけました。無理はさせられないので、交わした言葉は少なかったと思います。
 私は最後に、「Tさん…俺、偉くなっていつかもっといい世の中にするよ。…前にさ、よく『長生きなんてするもんじゃない』って言ってたろ。俺さ…」そこまで言うとTさんは、「今はもう、そんなこと思ってないよ。あんたに会えてよかった」と、やさしい笑顔で話してくれました。
 その翌日、Tさんは旅立たれました。

 これが私の原点。介護の仕事を続け、人材育成に力を入れる理由です。
 採用面接を受けに来てくれた方に、そう伝えると、彼女は涙を流していました。
 これから一緒に、もっといい世の中にするために頑張ってくれる仲間です。

 Tさんとの約束の丘に立つその日まで…。
 私にできる精一杯のことをしていきます。


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「バースデイ」