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スタッフの定着・成長を支える
リーダーシップとマネジメント

 今、介護をはじめとする福祉の職場では、新人スタッフの定着と成長が課題となっています。例えば介護職員などは、入職後4割が半年で辞めるという統計もあり、高い離職率が問題となっています。また、離職の背景として、給料や休みなどの労働条件の他に、職場の理念や運営方針、将来の見通しがたたない、人間関係などが指摘されています。
 この連載では、コミュニケーション論、人間関係論、集団・組織論がご専門の諏訪茂樹先生に、これらの問題をわかりやすく説明していただき、さらには具体的な解決策についても触れていただきます。福祉の現場でのリーダーシップやマネジメントの基本を学んで、あなたの職場のスタッフの定着と成長を支えていきましょう!

けあサポ編集部

諏訪茂樹(すわしげき)
著者:諏訪茂樹(すわしげき)

人と人研究会代表、日本保健医療行動科学会会長、東京女子医科大学統合教育学修センター准教授、立教大学コミュニティー福祉学部兼任講師。著書として『対人援助のためのコーチング 利用者の自己決定とやる気をサポート』『対人援助とコミュニケーション 第2版 主体的に学び、感性を磨く』(いずれも中央法規)、『コミュニケーション・トレーニング 改訂新版 人と組織を育てる』(経団連出版)、他多数。


第23回 利用者・家族との感情的トラブル

利用者・家族の感情や考えを大切にする

 退職理由で上位となる人間関係はおもに同僚との関係であり、利用者・家族との関係で退職する福祉職は多くありません。しかし、スタッフがいきいきと働き続け、専門家として成長するためには、利用者・家族との関係を良好に保つことが極めて重要となります。いうまでもなく、利用者・家族も意識を持つ主体的存在であり、様々に感じたり考えたりするのは極めて人間的な反応です。そのために、利用者・家族が抱く感情や考えを受けとめて、大切に扱うのは福祉職の基本姿勢となるのであり、そこでバイステックが提唱したソーシャルワークの7原則にも、「意図的な感情表出」「受容」「自己決定の尊重」などが掲げられているのです1)。福祉職は利用者の感情表出を「冷静に!」「お静かに!」などと言って禁止するのではなく、逆に利用者の感情に耳を傾けることにより、感情表現を助けることが望まれるのです。

管理職はスタッフの感情に共感する

 ただし、利用者・家族が抱く感情に対して、福祉職も感情的反応を示していては、効果的な援助は望めません。利用者が亡くなられたときに、家族と一緒に泣いていては仕事にならなのです。また、利用者から感情むき出しの暴言を吐かれたときに、ムカついていては虐待につながる危険性があります。そこで、必要となるのがバイステックの提唱した「統制された情緒関与」です。つまり、自分の気持ちをコントロールしながら、情緒的なかかわり(共感など)を実現しなければなりません。この統制された情緒的関与は、社会学者のホックシールドが指摘した感情労働にあたり、とてもストレスのたまる仕事です2)。そのために、統制しなければならなかった気持ちを共有し、それに共感することにより、スタッフのストレスを解消してあげるのが、リーダーや管理職の大切な役割となります。

自己開示とフィードバックによる自己覚知

 スタッフが自分の感情をコントロールするためには、自分の感情に気づいていること、つまり自己覚知が欠かせません(図)。そして、スタッフの自己覚知を促すのが、スタッフが自分の感情を対象化し、みつめて表現する自己開示と、リーダーや管理職が気づいたスタッフの感情表現を指摘するフィードバックです。スタッフによる自己開示と、リーダーや管理職によるフィードバックは、業務記録を改善することで容易に行えます。時間の流れに則して記録する「ご利用者様の様子」の隣に「担当者の気持ち」を記入する欄を設け、その隣に「管理職からの一言」を記入する欄を設けるのです。表では「後味が悪い」や「イラっとした気持ちを必死で抑えた」が自己開示に当たり、「でも、イラっとした気持ち、顔に出てたよ」がフィードバックに当たります。利用者の家族には「ご利用者様の様子」しか見せられないのですが、「担当者の気持ち」と「管理職からの一言」は日常業務を通したスタッフ育成につながります。

お客様は神様ではない

 利用者・家族による理不尽な要求に対しては、スタッフが統制された情緒的関与で臨むにしても、自ずと限界があります。管理職も「お客様は神様」と教えてスタッフに我慢を強いるのではなく、利用者と福祉職との健全な関係が築かれるように、努力をする必要があります。利用者と福祉職の間に上下関係はなく、本来は対等な契約関係です。そこで、福祉職にもできることと、できないこととがあるのだということを、しっかりと利用者・家族に伝えて、理解してもらう必要があります。福祉サービスの範囲を超えた理不尽な要求からスタッフを守るのは当然のことであり、その基本姿勢がリーダーや経営者に欠ければ、スタッフの定着や成長は望めません。言うべきことを言わずに我慢するのでもなく、言い過ぎて相手を攻撃するのでもなく、相手の立場に配慮しながらも言うべきことをしっかりと伝えられるように、アサーション・トレーニング(主張訓練)を職員研修に取り入れるのも効果的です3)

文献:
1)F.P.バイステック(尾崎新 他訳)『ケースワークの原則 新訳改訂版 援助関係を形成する技法』誠信書房、2006
2)A.R. ホックシールド(石川准 他訳)『管理される心─感情が商品になるとき』世界思想社,2000
3)平木典子『三訂版 アサーション・トレーニング さわやかな〈自己表現〉のために』精神技術研究所、2021