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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

子どもたちはサービスの消費者ではない

 昨今、学童保育の待機児童問題にかかわる報道が相次いでいます。そのような中、「学童指導員雇い止め和解」(4月23日朝日新聞朝刊)という記事に眼が留まり、今日の学童保育に発生している出来事に著しい違和感と恐ろしさを抱きました。

 大阪府守口市は2019年4月から学童保育事業を「共立メンテナンス」(「ドーミーイン」のブランドでビジネスホテル等を展開する会社)に5年間の契約で委託しています。

 守口市の学童指導員は、共立メンテナンスに委託される以前は守口市の非常勤職員であり、指導員で作る労働組合に入っていました。この学童指導員の9人が、民間委託されて1年経過した2020年3月に雇い止めされたのです。

 この雇い止めは無効であるとして、指導員たちが地位確認を求めていた大阪地裁の訴訟で和解が成立したという報道です。

 この事案は、訴訟とは別に、不当労働行為に当たるとして大阪府労働委員会に救済を申し立て、同委員会は、2021年10月に職場復帰させるなどの救済措置を共立メンテナンスに命令しています(https://digital.asahi.com/articles/DA3S15274685.html)。

 大阪地裁の和解では、雇い止め後に残っていた4年間の委託期間に働いた際の賃金総額を上回る金額を会社が支払うことになりましたが、指導員たちの職場復帰は実現しませんでした。

 この事案をめぐって私が抱く違和感と恐ろしさは、学童保育の市場セクターへの丸投げによって、学童保育に係わる子どもの権利が完全にぶっ飛んでいる点です。

 一挙に9人もの指導員を雇い止めにすることの子どもへの影響は計り知れません。しかも、大阪府労働委員会は共立メンテナンスの不当労働行為を認定しているのです。このようなことをする会社に守口市が学童保育事業を委託すること自体に大きな疑問があります。

 この紛争が起きて以降、守口市が共立メンテナンスを指導することはなく、原告代理人の原野早知子弁護士は「市の責任は重大」であると批判しています。

 また、この紛争をめぐり、学童保育の子どもたちの父母や学校の教員が、子どもたちの権利擁護のためにどのような動きをしたのかは、大人の責任のあり様を考える上でまことに重要な点だと考えます。残念ながら、仔細は一切分かりません。

 自分の娘が学童保育を利用していた当時、私は学童の父母会長をしていました。もし今、紛争の発生した守口市の学童保育で父母会長をしていたら、何らかのソーシャル・アクションを起こしていたと思います。それは、大人の取るべき最低限の責任だと考えるからです。

 学童保育は、父母と指導員関係者の協働に支えられてきた長い歴史を持ちながら、児童福祉法に位置づけられたのはまことに遅く、1998年4月のことです。保育所とは異なる苦難の多い道を歩んできました。

 保育所は児童福祉法第7条に位置づく「児童福祉施設」ですが、学童保育は同法第6条の3にいう「放課後児童健全育成事業」です。以前の福祉サービスの分け方で言うと、指導員・看護師等の職員配置や給食設備・面積基準等の定められた「施設サービス」ではなく、「在宅サービス」として位置づけられところに運営上の困難の土台があります。

 学童保育の職員配置や施設設備にガイドラインはあっても守らなければならない基準はないのです。そこで、公的な補助のあり方も国・自治体が守らなければならない基準はありません。

 このようなわが国における施策の仕組みは、多くの指導員の非正規雇用、少数の正規雇用職員の劣悪な待遇、そして学童保育の施設設備や諸条件の貧しさに、直結し続けてきました。

 給与ナビで検索してみると、現在の学童保育指導員のアルバイト・パート平均時給は998円、正社員の平均年収は303万円となっています。

 手取り18万円の学童指導員の生活現実について東洋経済オンラインの報じた記事(2018年10月、https://toyokeizai.net/articles/-/242480)があります。

 学童保育は月~土に開いていることに加え、日曜日にも行事などが入るため、指導員の休日は月4~5日しかないと言います。職員の非正規率は7割を超え、勤続年数1~3年が半数を占めています。

 2015年の「子ども・子育て支援制度」によって「放課後児童支援員」という資格をつくり、国は運営費の人件費算定をかなりアップしたとしています。が、他の福祉・介護の領域と同様、職員の処遇改善を実施する自治体や経営・運営母体の対応はバラバラで、「処遇改善をやっています」という国のアリバイだけが独り歩きしがちです。

 学童保育指導員の独身男性が結婚するときには、相手の女性から「寿退社」「寿離職」「寿転職」を迫られる現実さえ起きているのです。

 しかも、「保育士の仕事は誰にでもできる」と放言した「実業家」がいるように、学童保育指導員の仕事についても「誰でもできる」と考える風潮があります。これは大変な無理解です。

 親の中にも、職場からお迎えに行くまでの間、とにかく安全に気をつけて見守ってくれればいいという安易な考えを持つ傾向があると指摘されています。これは、教育ネグレクトであり、「学童保育で英語教室を開いてくれればいい」とする教育虐待と表裏一体の考え方です。つまり、子どもをサービスの消費者と捉える大人の欺瞞です。

 私が学童保育の父母会長をしていた当時、学童保育の指導員の方々は、学童保育で過ごす日々の子どもたちの遊び・学習・子ども集団の質的向上を図る工夫はもちろん、被虐待や貧困家庭の子どもたちへの支援についても専門的な配慮を重ねていました。

 学童の「おやつ」一つとっても、指導員と父母会の役員会が協力して、栄養学の観点から吟味することもしましたし、川越にある駄菓子文化の活用を検討して取り組みに活かしました。

 わが国は子どもの権利条約の締約国ですから、毎日の学童保育で子どもたちを「指導の対象」にするのではなく、子どもたちが「小さな市民」として学童保育の取り組みのすべてに参画する主体になることを心がけるようにしていました。

 子どもたちの討議と参画を柱に据えて、毎日の日課や行事の内容づくりを進めることのできるところに学童保育指導員の専門性があり、それが何よりも大切だと考えていたのです。

 学童保育には、学校や塾・習い事教室とは異なり、子どもたちが市民として地域社会の一員になる営みを作ることに重要な役割があることを示しています。

 成熟した市民社会を育むために学童保育が必要不可欠な役割を担っていることを理解することもなく、人件費削減のために民間委託への丸投げを進め、指導員の待遇は上がらないために職場定着も進まず、労働組合の活動をすると雇い止めにする。

 このような市場至上主義に傾いた学童保育業界の下で、子どもたちの小さな市民としての意見表明と参画の権利が守り育まれるとはとても思えません。子どもたちはサービスの消費者ではなく、市民としての権利主体です。

 国・自治体およびすべての大人たちには、子どもたちの市民としての権利を守り育む学童保育の公共性を確保することに重大な責任があります。

 学童保育のあるべき公共性を歪める市場セクターの学童保育への参入に、私は反対です。

伊万里牛

 さて、Covid-19禍の下で自炊宅食が続いてきたところに、佐賀牛の中でも最高級の伊万里牛を贈物で戴きました。画像の肉の厚みは2㎝以上あり、これが4枚ほど切り分けることのできるブロックを戴いたのです。

 切り分ける際に、指先が脂身に触れた途端、牛脂はすぐに溶けてしまいます。オレイン酸の多く含まれる高級和牛ならではの特徴です。塩、胡椒でシンプルに焼き上げて頬張ると、実に柔らかく、臭みや嫌味の全くない高級和牛の濃厚な風味と芳香が口中に広がりました。素材の良さによる美味求心は、最高の贅沢ですね。ご馳走様でした。

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