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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

かのように(森鴎外)

 東京都青梅市の障害者施設で、職員から暴行を受けた利用者の死亡する事件が明らかになりました。この施設を運営する一般社団法人自立支援塾の掲げるキーワードは、「自立」「がんばる」です。

 この事件に係わるTBSニュースによると、この施設の元職員は、暴行を加えた職員が「日常的に入所者に暴力をふるっていた」と証言しています。周囲は容認していたのでしょう(https://news.yahoo.co.jp/articles/6f814cb7b169bda7082e551d4b15e919e42e72f3)。

 この法人の白井理子理事長は「(お亡くなりになったMさんは)本当にハンパな力じゃないんですよ。職員が両手両足を抑えるような。」といい、他の施設職員は「他の入所者も守らなくてはならない。お預かりしている身ですから、こうすればいい、ああすればいいという答えは出ないと思います」とコメントしています。

 この理事長と職員のコメントからは、職員の日常的な暴力を組織的に容認してきた疑いが浮上します。これらのコメントには障害者支援に係わるいかなる専門性もなく、「力が強くて、他害傾向の強い利用者」には「どのように対応すればいいのかという答えはない」のだから、結局、力で応戦する場面があるのもやむを得ないと開き直っているとしか理解できません。

 この利用者の他害行為という行動障害についてどのようなアセスメントをしたのか、そして、このアセスメントにもとづく行動障害の軽減に向けた個別支援計画がはたして立てられていたのかについて、強い疑問を抱きます。

 虐待の発生するこのような支援現場の掲げる理念は、まことに白々しい。このような感想は何も私一人のものではなく、支援現場の掲げる理念と実態の乖離に疑問を抱く多くの人たちがいます。

福祉現場の掲げる理念は「事実として証拠立てられない」ものだから「かのように」あるものとして考えを運ばないと福祉・介護の世界は成立しないということなのでしょうか。

 たとえば、教育学部の学生が、福祉・介護領域の実習をした場合には、支援現場のあり方に疑問を抱いて帰ってくることが殆どでした。実習後の感想では、「結局、支援する側から利用者を『枠づけている』」という疑問がもっとも多いものでした。

 次いでよく聞かれた感想は、実際に支援に当たっている職員が必死で頑張っていることと比較して、「施設長や理事長の語る法人・施設の理念には、全くリアリティがない」という疑問です。

 これら二つの感想は、障害者支援の現場で虐待の発生する組織的問題を端的に提示しているように思います。

 「支援する側から利用者を枠づける」ことを基本に不適切な支援が慢性化し、法人理念を具体化するために必要な専門性と虐待防止に資する取り組みについて、幹部職員は具体的なビジョンや事業計画を立てない、あるいは立てる能力がない。これでは、虐待の発生しない方がおかしい。

 先日、大学時代の友人と久しぶりに話す機会がありました。話題の中心は、自分たちの学生時代に、現在の福祉・介護の世界がこのように(ひどく)なっているとは全く予期していなかった点にありました。

 私の学生時代に福祉領域の学生が抱いていた最大公約数的な見通しは、次のような内容ではなかったでしょうか。

これからの福祉・介護の世界は、「大学出を中心とする専門性の高い支援職員を中心とする職場」になって待遇の改善が進み、支援サービスを利用する子ども・障害者・高齢者への支援現場における抑圧は相当改善されているだろう、と。

 この見通しの下地には、ヨーロッパの福祉国家型福祉への接近があったように思います。

 ところが、今、魅力ある職業領域として福祉・介護の領域が受けとめられているとはどうもいえないようです。大学受験の志願者動向からも、福祉・介護の領域から若い人たちが離れていく長期的な傾向は止まっていないようです。

 福祉系の大学の大半を占める私立でみると、社会科学系の学部に類別される社会福祉学部の定員充足率は、R2年度の103.45%からR3年度に97.23%と6.22ポイント下げています。受験生人口の減少もありますが、社会科学系の学部全体では2.09ポイントの減少に過ぎません(https://www.shigaku.go.jp/files/nyuugakusiganndoukoudaitan0928.pdf)。

 介護福祉士養成施設でみると、H29年度の入学定員15,891人、入学者7,258人、定員充足率45.7%から、R3年度は入学定員13,040人、入学者7,183人、定員充足率55.1%となっています。定員充足率の上昇は、入学定員の縮減に由来するみかけだけの数字であり、入学者数は減少しています(http://kaiyokyo.net/news/2021/000828/)。

 福祉・介護の業界には、「福祉・介護の職場の離職率は高いわけではない」というガセネタを垂れ流しているサイトがあります。根拠とするデータは厚労省の雇用動向調査結果ですが、「産業別の離職」に係わるデータは「医療・福祉」となっていて、「福祉・介護」ではありません。このような出鱈目なデータの使い方は、この業界に対する不信感を強くするだけではないでしょうか。

 この世界は、何か肝心なものを置き去りにしてきたように思います。福祉・介護サービスを利用する人たちのディーセント・ライフの実現、支援関係における親密圏の創造など、健康で文化的な暮らしを民衆的に創造する課題の具体化・明確化がないまま、制度上の効率を高めるための方策だけに終始している。

介護報酬・事業者報酬の改訂とマネジメントの徹底、「介護の生産性」の追求など、現場の仕事を合理的・効率的に進めることには意味もあるし、私も大賛成です。ムラ社会的な不合理さと非効率を抱えている職場の珍しくない業界だと考えるからです。

実際、厚労省のホームページにある「介護分野における生産性向上の取り組みを支援・促進するためのツール」(https://www.mhlw.go.jp/stf/kaigo-seisansei_tool.html)を観ましたが、多くの現場にとって活用すべき内容があります。

 問題は、仕事の合理性と効率の向上を一体どこに帰結させるのかという点にあります。これが、いつのまにか消失していませんか。要介護ニーズや福祉ニーズへの支援が最終的な目標ではありません。利用者のディーセント・ライフの実現に「今ここで」帰結できる福祉・介護サービスであることが肝心です。ここを明確にできない福祉・介護の世界に、若者が魅かれる時代は訪れないでしょう。

夜の枝垂桜-ヤオコー美術館前

 今年のお花見シーズンは花曇りが続いて来ました。夜桜の方が、人出は少なく、ひときわ風情を感じます。観光開発に余念のない川越では、新河岸川沿いの桜並木を訪れる人が年々増加しています。昼間も夜間も路上駐車だらけで、歩行者と車の大渋滞が発生しています。

 真夜中には、夜桜を楽しむために車のライトをアップしたまま路駐で桜を愛でようとする人たちの迷惑が訪れます。観光開発によって何の恩恵も受けず、より暮らし辛くなっているだけの地域住民には、市民税の減免を検討すべきです。