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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

障害者支援施設における身体的拘束

 神奈川県立中井やまゆり園の虐待事案は、9月27日の時点で、1日8時間以上の拘束が17人、その内3人は1日20時間以上の施錠監禁をされ、このような長時間の施錠監禁が10年以上続いている利用者もいると報じられています。

 障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律に基づく指定障害福祉サービスの事業等の人員、設備及び運営に関する基準(平成十八年厚生労働省令第百七十一号)の第35条の2は、「緊急やむを得ない場合を除き」、身体的拘束と行動制限をしてはならないと明記しています。

 前回のブログでも指摘したように、福祉サービスにおける支援場面で許される身体拘束や行動制限の基準は「切迫性・非代替性・一時性」の3要件を持たしており、かつ、拘束中の利用者に係わる観察記録を残していることです。

 「利用者の安全」を理由に、日常的な施錠監禁を行うことは違法行為です。この施設の菅野園長は「身体拘束の基準を満たしている」と記者会見で言いますが、その法的根拠を明らかにするべきです。ここには、公務員としての最低限度の社会的責任があります。

 もし、日常的な施錠監禁の法的根拠がないのであれば、監禁罪とその幇助に係わる刑罰を問うべきですし、県立施設の長が重大な人権侵害に係わる違法行為を正当化するのですから、神奈川県は懲戒処分を行うのが筋です。

 この虐待は県立施設で発生した事案です。その虐待が、菅野園長のような言い分で正当化できる余地を認めるのであれば、他の障害者支援施設においても「安全のために、拘束はやむを得ない、できるだけ短くしようと努力している」とさえ言えば、許されることになりかねない重大な性格を持っています。

 社会福祉施設には、原則として、身体拘束や行動制限を日常的に実施する法的根拠はありません。一定の法的要件の下で、身体拘束と行動制限が認められるのは、精神保健福祉法に基づく入院中の患者の処遇についてです。

 精神保健福祉法は第36条で、「精神科病院の管理者は、入院中の者につき、その医療又は保護に欠くことのできない限度において、その行動について必要な制限を行うことができる」とし、同法第37条にもとづいて行動制限と隔離・身体的拘束に関する要件と基準を定めています。

 精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第三十七条第一項の規定に基づき厚生労働大臣が定める基準(厚生省告示第百三十号)は、次のようです。

◇隔離の要件

  • ア 他の患者との人間関係を著しく損なうおそれがある等、その言動が患者の病状の経過や予後に著しく悪く影響する場合
  • イ 自殺企図又は自傷行為が切迫している場合
  • ウ 他の患者に対する暴力行為や著しい迷惑行為、器物破損行為が認められ、他の方法ではこれを防ぎきれない場合
  • エ 急性精神運動興奮等のため、不穏、多動、爆発性などが目立ち、一般の精神病室では医療又は保護を図ることが著しく困難な場合
  • オ 身体的合併症を有する患者について、検査及び処置等のため、隔離が必要な場合

◇身体的拘束の要件は、

  • ア 自殺企図又は自傷行為が著しく切迫している場合
  • イ 多動又は不穏が顕著である場合
  • ウ ア又はイのほか精神障害のために、そのまま放置すれば患者の生命にまで危険が及ぶおそれがある場合

 これらの要件を満たしたからといって、隔離や身体的拘束を長期間にわたって日常化することは、精神医療においても認められていません。また、精神科救急医療における「興奮・攻撃性への対応」においても、他の代替的手立てがなく、緊急やむを得ない場合にのみ、一時的に行動制限が認められるとします(日本精神科救急学会監修『精神科救急医療ガイドライン2015年版』)。

 隔離や身体的拘束が緊急やむを得ない場合の一時的対応として厳格に制限する理由は、隔離や身体的拘束という対応が病状や障害を重症化させる重大な人権侵害行為に該当するからです。この事実をねじ曲げて、「利用者の安全のためやむを得ない」とする菅野園長の言い分は、根本的に間違っています。

 その他、精神病院に入院中の患者さんについては、処遇改善請求・退院請求が認められ(精神保健福祉法第38条の4)、これらの請求に基づいて適切な医療が提供されているか、人権侵害が行われていないかどうかを審査する精神医療審査会(同法第38条の5)が審査する仕組みとなっています。この審査会は請求のあった患者の病院とは異なる医師や弁護士で構成されることになっています。

 障害者虐待防止法の施行以来、施設従事者等による虐待事案の中で、「安全のため」を口実とする身体的拘束は、決して珍しいものではありませんでした。このような身体的拘束が本当に「やむを得ない」のであれば、精神保健福祉法にあるような詳細な要件を定めた上で、特別の人的・施設設備的な条件を持たした障害者支援施設に精神科病院にあるような「保護室」の設置を制度的に検討するべきです。

 つまり、障害のある人の人権を擁護するための「保護室」の要件を厳密に定め、支援の破綻や夜間支援体制の貧しさを理由に、現場の身勝手な判断によって拘束が実施できないようにすることが必要です。

 身体的拘束については、しばしば強度行動障害のある人が虐待の対象に据えられてきました。この問題への対応を「強度行動障害支援者養成研修」でお茶を濁すことは止めて、支援現場の本当の支援水準を向上させるに足る条件整備を図るべきです。

 通報にもとづく虐待への事後的な対応スキームだけで身体的拘束を含む虐待を防止することに無理のあることは、もはや明白です。

 職員と施設長等の障害特性と支援スキルに関する専門性の要件を明確化し、24時間の支援に支障をきたさない職員配置の大幅改善と待遇改善などを進めない限り、虐待対応はいつまでたっても「トカゲの尻尾切り」に終始するでしょう。

 台風一過によって、また一つ秋が深まった感じがします。モズの高鳴きを耳にしたので野鳥撮影のための望遠レンズを用意して外に出てみると、モズはすでにどこかに飛んで行ったようです。その代わりにオスのキジバトが、胸を膨らませて「デデッポー、デデッポー」と一所懸命の縄張り宣言をしていました。