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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、埼玉大学教育学部にて教鞭をとる。
さいたま市障害者施策推進協議会会長等を務め、埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

「民間活用」のドタキャン

 2020年度の大学入学共通テストから導入することになっていた英語民間試験の活用が、突如、延期されることになりました。本番まであと5カ月という中でのドタキャンです。あらゆるドタキャンには、例外なく「問題のすり替え」が伏在しています。

 英語教育が専門のある大学教授は「大学入試試験を民間に丸投げしたことのつけだ」とテレビ報道の中でコメントしていました。民間英語試験の高い受験料による経済格差〈お金持ちは複数受験していい点数のものを選ぶことができるなど〉と、試験会場の都市部集中による地域間格差の問題が、最後まで残されたままになっていたのです。

 「民間英語試験サービス」の大学入試への活用と言っても、「受験生総合支援法」なるものの下で、「支給決定受験生」に対する「受験料給付費」を行政から民間が「代理受領」するわけではありません(笑)

 文科省と民間英語試験団体との間には協定や契約もなく、受験料は受験生がそれぞれ払い込みます。文科省は民間団体に対して法的権限を持たず、受験生は民間試験サービスを自腹で購入するだけ。つまり、純然たる「英語入試の市場化」でした。

 このドタキャンの影響ははかりしれない。受験生の被った大迷惑はいうまでもありません。この段になって、各大学の側も英語入試をどうするのかということを急遽決めなおさなければならない。

 でも、入試の内容と形式については、入試が実施される2年前に決定して公表するルールになっています。文科省が突然「延期」を決めたからと言って、各大学の受験性に対する社会的責任はあるのでしょうから、この前代未聞のドタキャン騒動に巻き込まれると考えるだけでいささかゾッとするものが込み上げてきます。

 ただ、「英語入試の市場化」を皮切りに、あらゆる教科の入学試験を「市場化」しようとする向きには、反省と再検討のいい機会です。大学はそれぞれにアドミッションポリシーを定めているのですから、入試のあり方に関する各大学の主体性と自治を取り戻す契機に活用すべきでしょう。

 この民間英語試験の活用の目玉とされてきたのは、英語の「読む・聞く・話す・書く」の4技能を評価することにありました。門外漢の戯言かも知れませんが、4技能の評価がどうして民間英語試験の活用に直結するのかは、私には理解できません。

 この英語の4技能の力を高めることは、大学入試の課題というよりも、高校卒業で就職する高校生も含めて、国民全体の学校教育に係るテーマだと思います。国際化が進む中で「生きた英語力」を培うことは、全国民的な課題だからです。

 すると、4技能の評価のための大学入試に民間英語試験を導入するかどうかは二義的な課題に過ぎません。小学校から高等学校までの英語教育の中に、4技能が間違いなく向上する教育の方法・内容・評価システムを充実していくことに政策課題の本丸があるはずです。

 学校教育のあり方そのものの課題を「民間活用」にすり替える議論が、目立つようになってきました。

 令和元年10月25日に出された文科省通知「不登校児童生徒への支援の在り方について」(元文科初第698号)は、これまで不登校児童生徒への支援が「学校に登校する」ことを目標とする傾きから「出席扱い」してこなかったフリースクール等への通学を「出席扱い」とすることを明らかにしています。

 この通知は、不登校児童生徒に対する総合的な支援のあり方を指し示していますから、「出席扱い」に係る変更だけを取りだして評価することには無理があるのかもしれませんが、私には公教育をめぐって「ルビコン川を渡る」に匹敵する政策変更のように思えます。

 不登校の児童生徒に対する支援は、「学校に登校するという結果のみを目標」にすべきものではないのは当たり前です。「すべての児童生徒が気持ちよく登校できる学校」に改善することによってはじめて「公教育」と「多様性」の双方が担保されるはずです。

 この問題がいつのまにか、「多様化」(教育サービスの提供主体をNPOや株式会社を含めて多元化すること)するために「公教育を担保してきた学校」を解体する方向に議論がすり替えられていくのです。

 このような議論の行き着く先には、小中学校の義務教育、とくに発達障害等のある子どもたちの特別支援教育について、従来通りの「公立小中学校」「私立小中学校」だけでなく、NPOのフリースクールや塾産業の提供する「教育支援サービス」を児童と保護者が「自由に選択できる」システムにすることがあたかも「個を重視する教育」だというような、公教育を変質させていく危険性があると言っていい。

 このような「基礎構造改革」によって「サービスの質は何も上がらない」ことはどこかの領域で証明済みです。ただ、「教育サービスの市場」が拡大するだけに終わるだけでしょう。他の領域で「サービスの市場」の拡大したことを「誤学習」(=「誤った成功体験」)してしまったのではないでしょうか。

毎年恒例の栗の渋皮煮

 今年も栗の渋皮煮づくりに「一粒入魂」しました。渋皮煮は、抹茶やほうじ茶のアイスクリームと相性抜群です。

 今年の栗は、試しにと思って、ある名産地のブランド栗を材料にしました。あくまでも個人的感想ですが、栗の渋皮煮については、産地やブランドは価格が高いだけで、全く無意味であることを再確認しました。例年通り、他の普通の栗(ただし、大粒で鮮度が高いこと)と同じように美味しい渋皮煮ができ上がりました。