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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

過去最多を更新する子ども虐待対応件数

 厚労省は8月1日に、平成30年度に全国の児童相談所の対応した子ども虐待件数が15万9,850件(速報値)であることを公表しました。

 この統計の始まった平成2年度の同件数が1,101件ですから、平成の間に145倍も激増したことになります。

 来年の4月からは、改正児童福祉法と改正児童虐待防止法の施行によって、親による子どもへの体罰禁止が明確に位置づけられることに決まった直後の速報値です。これほど虐待件数が増加するまで、「体罰禁止」すら決めることのできなった現実に、複雑な思いが込み上げてきます。

 この厚労省の児童虐待対応件数の発表に先立ち、警察庁は今年の3月12日に全国の警察が虐待の疑いがあるとして児童相談所に通告をした18歳未満の子ども数(平成30年度ではなく、平成30年1~12月の人数)が、80,252人(前年より23%増)であったことを発表しています。

 警察から児童相談所への通告件数は年々増加し、今日では通告経路として最も主要なものとなっています。その背景には、「面前DV」(子どものいる家の中で配偶者間の暴力がふるわれること)が子どもに対する心理的虐待として捉えられることになったことがあると言われています。

 実際、平成30年の警察から児童相談所に心理的虐待で通告された件数の約6割が「面前DV」でした。

 2か月ほど前に、虐待に関する調べ物で、国立国会図書館の「調査と情報」(№1012、2018.8.28)の「児童虐待対応をめぐる現状と課題-近年の児童虐待事件から」(国立国会図書館調査及び立法考査局社会労働課牧野千春著)を読みました。

 この短い論考は、「I 児童虐待対応の現状」、「II 児童虐待に関する法制度とその整備」、「Ⅲ 児童虐待対応をめぐる課題」を事実に即して整理分析した労作で、一読を強くおすすめします。

 これによると、児童相談所の体制整備、市町村による対応の始まりと強化、児童相談所と関係機関の連携強化等、実にさまざまなことが国の審議会等で議論され、児童虐待への取り組みがいかに強化されてきたのかが理解できます。

 しかし、一連の「取り組みの強化」には、どうしても隔靴掻痒(かっかそうよう-靴をはいたまま足の裏をかく様から、もどかしい、はがゆくて腹立たしい、ものごとの徹底しないことの意)の感が押し寄せてきます。

 たとえば、昨年7月に打ちだした強化策の一つである児童福祉司の増員についてです。2017年に3,253人である児童福祉司を2022年までに2,000人増員するといいます。

 これまでに、人口40,000人に1人の割合で児童福祉司を配置することとされてきましたが、児童相談所が設置されている69自治体の中で、この配置基準を満たしているところは19自治体に過ぎません(https://shakaidekosodate.com/archives/1168)。

 しかも、虐待ケースの対応と支援に必要不可欠な児童福祉司の専門性が制度上担保されているわけではありません。この間、新たな国家資格を創設しようとする動きがあるかと思えば、社会福祉士の職能団体が自分たちの出番だと主張しているといったことがあるようです。

 児童福祉司の数だけでなく、専門性が問題です。福祉の領域では、資格制度がありながら、さまざまな領域で「専門性の欠如」の問題が浮上します。

 虐待への対応と支援においては、ソーシャルワーカー一般の専門性は、あくまでも基礎的な職能に過ぎません。私見によれば、ケアマネジャーのように基礎資格を規定した上で、虐待対応支援に求められる厳格な専門性を2階建てで創設するか、新たな国家資格を創設するかのいずれかがふさわしいと考えます。

 もう一度、児童福祉司の人数の問題に話を戻してみると、児童虐待対応件数が平成2年度から30年度までの間に145倍もの増加を見せたのですから、単純に言えば、児童福祉司の人数も145倍に増員されていて然るべきです。

 警察と市町村の虐待対応システムへの動員や、地域連携が進められてきたことによって、児童相談所の負担を少しは減少させてきたとしても、百歩譲って、100倍程度の児童福祉司の増員は当たり前ではなかったのでしょうか。

 虐待に対応権限のある児童福祉司の人手が圧倒的に不足し、仕事の厳しさ(親からの暴言・暴力を受ける、24時間対応等)から勤続年数が伸びない現実が慢性化しています。すると、虐待対応できないままに潜在化し、重症化するケースが増大することは必然に過ぎません。

 さらに、児童虐待の発生要因にかかわる抜本的な虐待防止対策が果たして進んでいるのかという疑問が残ります。「面前DV」の増加によって、子どもへの心理的虐待が増加しているというなら、今日の子ども虐待の特質は親子関係の問題に限定されるのではなく、夫婦と親子を丸ごと含む家族という親密圏の破綻です。

 今日の深刻な親密圏の問題は、DVに虐待、福祉支援者による虐待、教師による体罰、ロストジェネレーション問題、非正規雇用と格差拡大、7人に1人の貧困児童、若年から中高年に及ぶ膨大な引きこもり、8050問題など、多様な現れをとりながら噴出しています。

 つまり、生活の基礎単位である家族という親密圏を立て直し、揺りかごから墓場までの暮らし方と家族関係に、安心と安定を再建するための総合対策が必要不可欠です。

 そのためには、社会保障・社会福祉施策だけでなく、経済政策や地域政策を含めたグランドデザインとして提示されなければ、もはや虐待の増加に歯止めがかからないところまで来てしまっているのではないでしょうか。

 だから、「児童虐待防止」に限定した「対策の強化」だけでは「隔靴掻痒」なのです。

ハス

 さて、ハスの花が見ごろですね。吉本興業をめぐるゴタゴタが世間で話題になっているようですが、私はどうしても、浮世離れした感を抱いてしまいます。こまごまとした出来事はさておき、「原子力村」ならぬ「吉本村」の出来事のようです。

 この両者には、反社会的勢力や政治家とのつながり、消費者を脇に置いたテレビ・芸能業界の馴れ合い、組織幹部に品性と教養が希薄で危機管理能力の欠如していることなど、なんだかよく似ている気がしてなりません。

 ただ、「原子力村」は「ムラ社会の構成員すべての利益を守ろうとする頑迷な保守主義」であったのに対し、「吉本村」には「ムラ社会の伝統的価値規範を叫びながら、儲けのためには何でもありの競争と蹴落としを是とするネオコン集団」のような趣を感じます。