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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、埼玉大学教育学部にて教鞭をとる。
さいたま市障害者施策推進協議会会長等を務め、埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

仕事中のヘルパー利用

 先に行われた参院選の「特定枠」で、重度の障害のある国会議員が誕生しました。

 重度障害のある国会議員のこれからに関心を持つ学生が、大学の授業の直後に感想と質問をもってやってきました。質問に訪れた学生も私も、れいわ新選組の支持者ではありませんが、障害のある国会議員のこれからの取り組みには期待したいところがあります。

 弁護士グループの中には、「一票の格差」の違憲と特定枠の無効を請求する裁判を起こした人たちがいます。「一票の格差」については、法の下の平等に反することが明白で、私も違憲であると考えてきました。

 しかし、「特定枠」については、ただちに民意に反し「無効」であるとまで言えないのではないかと、ひとまず考えています。

 わが国の議会は、討議と民主主義を尽くして少数意見を尊重しながら折り合いを見出していく文化を育んできたとはとても思いません。最終的には、多数派による「数の暴力」のまかり通る傾向が強い。すると、少数者の切実なニーズを反映させながら、建設的な議論を深めていく見通しを現状の議会に持つことは難しい。

 そこで、たとえば障害のある人たちやLGBTの人たちに係る差別是正の課題等について、議会が積極的な取り組みを進めることにはどうも腰が重く、無頓着な傾向が続いてきたように思います。

 実際、旧優生保護法による強制不妊手術の救済には優生保護法の廃止から20年経ってようやく実現したように、立法不作為を指摘されても仕方のない問題のあった点は否めないのではないでしょうか。

 参議院では、さっそくバリアフリーなどの合理的配慮を実現する運びになっています。その一方では、障害のある議員が政治活動という仕事の最中にヘルパーを利用することができないという制度上の深刻な問題が明るみに出てきました。

 現行制度は、仕事や学業へのヘルパー派遣を認めていません。今回の参院選で当選されたALS患者の舩後靖彦さんには、議員の政治活動中にヘルパーが利用できないことに大きな不安があるようです。

 それはそうでしょう、議員として仕事をしている間は、水は飲めない、食事はできない、トイレも我慢しなければならないとなってしまうのですから。

 残された道は、仕事中のヘルパーサービスを全額自己負担(月額100万円を超えるはずです)で「購入する」か、舩後さんの「民法上の含み資産」とされるご家族をヘルパーの代替として活用するかになるでしょう。

 実は、仕事や学業にかかわる移動支援サービスも現行制度では認められていません。「自立した地域生活」の実現には、仕事や学業を含む移動の保障を欠かすことはできないのに制度はこれを認めないのです。

 そこで、さいたま市はノーマライゼーション条例を2011年4月に一部施行(全面施行は2012年4月)するのに合わせて、移動支援サービスは通勤・通学を含めて青天井で使えるように独自の改善策を実施しました。障害福祉政策の看板に「地域で共に暮らす」を掲げているのですから、当たり前のことです。

 そして今、ようやく就労中のヘルパー利用の課題が浮上してきました。2017年7月に、さいたま市で在宅就労している女性が、仕事中のヘルパー利用を認めて欲しいとする要望書を市に提出しました。これを受けて、さいたま市は国の制度を改善するための提案を国に行っています。

 この提案に対し、厚労省は、「就労時間中のトイレや水分補給等は労働(経済活動)の一環である」ことと障害福祉サービスに係る財政負担の増大が懸念されることを理由に、2021年の障害福祉サービス等報酬改定まで結論を見送ることにしました。

 そこで、さいたま市は今年度から仕事中のヘルパー利用を独自の就労支援制度を作って実施する運びになっています。「自立した地域生活の実現」という看板を掲げているなら、仕事と学業へのヘルパー派遣も当然ではないのでしょうか。

 重度の障害のある人にとって、地域で働き暮らすことに切れ目のない支援が制度的に担保されていることは、切実で当たり前のことであり、健康で文化的な「最低限度の生活」を営む権利に該当します。

 仕事中に水は飲めない、トイレにも行けない状態を放置することにまで、はたして行政庁の裁量権が及ぶのでしょうか。仕事中のヘルパー利用を認めないことは、障害の状態像によっては「拷問」にも匹敵する著しい差別であることを、財政負担の問題を言う前に優先して考慮すべきであると考えます。

 仕事が終わる3分前にトイレに行きたくなっても「経済活動」中だからヘルパーは利用できず、仕事が終わった直後にトイレに入ったら生活支援の対象となってヘルパーが利用できるというのは、誰が考えても「屁理屈」の類ではありませんか。

ひまわり

 さて、梅雨が明け、気の早い台風がそそくさと通り抜けて、猛暑の夏がやってきました。ひまわりの花を見ると、ソフィア・ローレン主演の映画『ひまわり』を思い返し、民衆の暮らしにとってかけがえのない平和の尊さを感じます。