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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

行政の責任

 先日、サン・グループ事件の弁護団長を務めた田中幹夫弁護士と神戸でご一緒する機会に恵まれました。お話を伺って、社会福祉と行政責任の問題を改めて考える必要を感じました。

楠木正成の湊川神社

 サン・グループ事件は、滋賀県にある肩パッドの工場に住み込みで働く知的障害のある従業員16人と死亡した従業員1名に対して、株式会社サン・グループ社長のWが激しい暴行に虐待、障害基礎年金の横領を繰り返していた事件です。

 なお、この事件と判決に関する文献は多数ありますが、弁護団長である田中幹夫さんが執筆された「サン・グループ事件と社会福祉」(雑誌『社会福祉研究』第91号28-34ページ、鉄道弘済会、2004年)が福祉関係者にとって読みやすく、社会福祉と行政責任にかかわる原理的な問いを改めて考える上で、皆さんにぜひとも一読いただきたいと考えます。

 また、「措置から契約へ」移行する福祉制度との関連でサン・グループ事件の判決を考察した労作として、橋本宏子「サン・グループ事件訴訟と行政の危険防止責任」(神奈川法学会編『神奈川法学』36巻3号245-292ページ、2004年)をおすすめします。

 この事件の特徴は、知的障害のある従業員に対し激しい虐待を繰り返してきた社長Wとともに、この事態を知りながら危険防止のための必要な手立てを全く講じなかった行政機関の責任が問われた点にあります。

 この会社は1981年(昭和56)4月創業で、創業間もなくの時代から、虐待が行われていたらしいのです。が、96年(平成8)5月に社長Wが警察に逮捕されるまで、広く社会に知られることはありませんでした。

 しかし、障害のある従業員は労働基準監督署に、「サン・グループで自分たちが社長から暴行を受け酷い目にあっており、安い月給で働かされているからよく調べてほしい」という趣旨の手紙を送っていたのです。

 さらに、この会社に就職させてきた県立施設はこのような事態を知りながら、新たな就職をストップするだけで、すでに就職して働いている障害のある人に対して何のアフター・ケアもせず、一切の危険防止措置をとりませんでした。

 この事件が発覚するきっかけとなったのは、地域相談支援にかかわる2人の支援員です。深刻な事態を放置することはできないとして、地域の行政機関、労働基準監督署、職業安定所、法務局、法律事務所、法律扶助協会、福祉関係団体、警察署等を訪問し、対応の必要性を伝えています。ここでも、「とりあえずお話はお聞きしました」というだけの、結局は何の手立ても講じない冷たい反応で、中には2人の支援者の行動に対してまで批判的なことを言う人がいたと言います。

 弁護士の田中さんは、「社長Wが悪いのは言うまでもないが、放置した役所も同罪である。この役所の責任を明らかにする方法はないか」と、これらの支援者が思いつめたように話を続けて相談してきたと回想しています。

 そこで、この裁判では、社長Wの法的責任だけでなく、国の機関であるY労働基準監督署とY職業安定所、そして滋賀県の県立障害者施設・福祉事務所・障害福祉課・広報課(事態を良く調べずにサン・グループを絶賛する記事を広報誌に掲載していたから)等に対して行政責任を問うことになったのです。

 社長Wは、このほかにも狡猾な搾取を行っています。従業員の障害基礎年金受給権を担保にして、地元の金融機関を通じて年金福祉事業団(当時)から多額の融資を受けているのです。年金福祉事業団は、従業員の障害基礎年金から返済を取り立てているため、取り立て禁止の仮処分申請だけでも相当な労力を要する裁判となりました。

 年金裁判では原告側に被告の信用金庫が3,200万円支払うことで和解し、和解条項には「被告金庫は、今後知的障害のある人々との預金・貸金において意思確認に万全を期し、その意思を尊重するよう被告金庫をあげて努力する」という一文が加えられています。

 そして、2003年3月24日に大津地裁は原告側勝訴の判決を出しました。社長Wの責任を全面的に認めただけでなく、一連の行政責任に関わる違法性や不作為責任を認定して国家賠償裁判としても勝訴した点には、障害のある人の権利確立に向けたはかりしれない意義がありました。国と滋賀県は控訴せず、社長Wの控訴は2004年1月に大阪高裁で棄却され裁判は終了しました。

 この裁判は、2000年に社会福祉法・介護保険法・改正児童福祉法が施行され、福祉・介護サービスは「措置から契約へ」という制度改革の真っただ中で争われた裁判です。弁護団は、労働基準監督署だけでなく、福祉事務所や県立障害者施設からサン・グループに就職をさせてきたことのアフター・ケアにかかわる法的責任を問う中で、障害のある人の人権擁護に対して積極的に関与すべき行政責任を追及したのです。

 橋本宏子さんの前掲論文で指摘されているように、福祉サービスの内容にかかわる行政責任の問題は、「措置から契約へ」の流れの中で問われることが少なくなってきました。しかし、「社会福祉法人を売買する市場」まであるという関係者もいますし、実際、福祉・介護事業に参入した営利セクターが「購入した社会福祉法人」を隠れ蓑に、医療福祉機構から低利の融資を受けているような話は、行政関係者や弁護士からざらに聞いています。

 つまり、福祉と障害のある人を食い物にして利益を上げようとする事業者は、以前よりも巧妙な形に姿を変えて拡大しつつあるのではありませんか。虐待事案に「行政や当事者の相談という形で首を突っ込む機会を作って、後見人としてお金を取れるクライエントを10人見つければ月50万くらいの安定収入になる」という会話を弁護士同士がふつうにするようになった現実に対しても、弁護士の田中さんは強い疑問を抱いておられます。

 今日、虐待事案に積極的に対応しなければならない行政の法的責任は明確です。昨年末には大阪府寝屋川市で、直近のところでは兵庫県三田市で障害のある人が長年にわたり家族によって監禁され、一人が死亡する事件になりました。

 この二つの事案に共通する問題は、何らかの形で専門家や行政職員が事実を知っていた可能性があるにも拘らず、責任を家族になすりつけたまま行政の不作為を続けていることです。結局は、障害のある人とその家族の塗炭の苦しみだけが残り、社会的に放置されるのです。

 「相談された当時としては当然の対応だった」と形式的な要件だけを振りかざして、行政が何もしなかったことの責任を認めようとしない点は、滋賀のサン・グループ事件の構図と全く同様ではないでしょうか。人権擁護を突き詰めたところでとことん追求しようとしない行政の体質は、旧優生保護法の下での不妊手術を招いた一因でもあると考えます。

 虐待防止法の範囲内で真っ先に求められる行政対応は、虐待者の責任を問うことではありません。虐待を受けている障害のある人の命と人権を護り抜くことに虐待対応の核心があるという認識が、行政職員に欠落しつつあるのではないでしょうか。契約利用制が福祉・介護の世界で当たり前のこととなった今日、サン・グループ事件の判決で明確にされた障害のある人の人権擁護に関わる行政責任について、地域全体で改めて自覚し直す必要があります。

 なお、弁護士の田中幹夫さんは、子どもたちに平和について語りかける優良書の著者という一面をお持ちです。田中幹夫著『いくさの少年期』(文芸社、2015年)は、ご自身の子ども時代に避けて通ることのできなかった戦争の現実から、現代の子どもたちに平和への祈りを込めた物語です。日常生活世界の現実から人権と平和を考える田中さんならではの労作です。

 さて、神戸では平清盛ゆかりの名湯湊山温泉に浸かりました。ここのお湯はじつによく体が温まりますし、建物と湯船がとてもしぶくて風情があり、平安朝以来の歴史を感じさせてくれました。

大阪天満のわかな天四店のタコ焼き

 タコ焼きはやっぱり大阪でっせ。たこ焼きの真骨頂は「ふわっ、とろっ」。関東の多くはタコ焼きとはちゃいます、タコ焼きの唐揚げでっさかい、とても食えまへんな。

神戸ラーメン第一旭

 神戸ラーメンも侮ってはいけまへん。第一旭のラーメン・半炒飯は、これまで私が食したラーメン・半炒飯の中で断トツの一位に輝きました。ほんまにおーきに、ごちそうさまでした。

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