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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

欠陥だらけのビジネスモデル

 大手企業のデータ偽装の不祥事が、大問題となっています。偽装されたのは、重電大手の決算(粉飾決算の類といっていいでしょう)をはじめ、外車のディーゼルエンジンの排ガス、マンションを土台で支える杭基礎、地震から建物を守る免震ゴム、そして列車・船舶の防振ゴムの性能データです。被害の規模はとてつもなく大きく、すでにユーザーが日々使用していますから、事後的な権利の救済にはさまざまな困難が予想されます。

千葉県使用者による障害者虐待防止研修に講師参加しました

 これらすべてに共通する深刻な問題があります。

 まず、高度なテクノロジーが応用された製品性能に問題のある場合、一般消費者が日常使いの中でにわかには気づくことはとても難しい点です。自動車にインストゥールされたコンピューターソフトによって排ガス性能が偽装されていることを、一般消費者が納車された日に気づくなんてことは絶対にあり得ない。大型マンションの杭基礎や免震ゴム・防振ゴムのデータ偽装も同様です。

 次に、消費者が気づきにくいこのような偽装問題の背景要因には、品質管理や性能に関する社会的信用度が高い大企業の製品だという点を指摘できます。消費者はこれら企業の「信用を買っている」という側面を持っていますから、品質や性能をめぐる根本的なデータがまさか偽装されているとは疑わないし、疑いたくもないはずです。

 このようにみてくると、これら一連の偽装の問題構造は実に根が深い。

 自動車の乗り心地や燃費、マンションの住まいとしての快適さや資産価値のように、消費者が日常使いの中で普通に感知して「顧客満足度」に直結する部分は、極上の化粧を施すように「品質」を仕上げます。中身の奥深いところは消費者に感知されることはなく、また理解も容易ではない科学技術が使われているのですから、消費者の満足度につながる表面的なアウトプット部分だけを首尾よく仕上げておけばいいのです。

 これら偽装を直接実行した従業員も、このような偽装の発生を未然に防止するはずのシステムとその管理責任者も、「ばれない限り責任は問われない」という事実にもとづく職務感覚で日々の仕事をルーティン化します。つまり、特定の仕事の担当者だけでなく、企業の経営・事業目標に即したコーポレート・ガバナンスとコンプライアンスには、消費者の権利を守る実態をタテマエにして、実質的には空洞化するという必然性=社会法則があるのではないでしょうか。

 大手ゴム会社の場合、「品質保証課では2008年に担当者が減らされ、この時期から不正が増えた」(10月15日朝日新聞朝刊)と報道されていますし、マンションの杭基礎の工事を担当したのは孫請けの現場責任者で、この人はさらにその孫請け会社の協力会社からの出向だったという指摘(10月18日読売新聞朝刊)もあります。

 企業のトップや管理部門は、経営の効率化を「経理上の数字」からはじき出し、実際に職務を遂行する現場の人たちにどのようなしわ寄せがいくのかはさほど考えないでしょう。とりわけ建設業界では、下請けの多重構造を用いてどんどんコストを下げるため、施工管理の責任がどこにあるかは契約書類上の話であって、実態の問題ではなくなっていくのです。「ばれない限り責任を問われることはない」のですから、「ばれてもぎりぎり法的責任の問われない工夫を考えておく」か「ばれたら交通事故にあたった」程度の感覚さえふつうにあるでしょう。

 私が複数の友人から直に聞いた話です。

 電機メーカーや自動車メーカーに勤務する友人たちは、「製品の耐用年数と買いかえのサイクルをどのように設定すると利益を最大化できるのか」、「そのためにはある程度年数がたって修理しにくい部分をどのようにしておくか」を「必死で計っている毎日だ」と言います。

 また、大手建設会社に勤める友人は、建設途中のマンションが売り出してから思うように売れないために値引き幅を拡大せざるを得なくなると、「設計部門が集められて、顧客の眼にふれないところの施工部分で、早急にコストカットするよう言われるなんて日常茶飯事」で「さまざまな部材を単価の安いものに、要するに安物にどんどん入れ替えていく」と言うのです。

 消費者の注意の及ばないところであれば、品質や性能はある程度、もしくはいくらでもごまかすことができるという業務の日常性を土台にして、これら一連の不祥事が発生していると考えます。つまり、製造物やサービスを提供する側の説明責任にもとづく同意と契約にはじまり(これが事前的問題解決システム)、製品とサービスの購入後のモニタリングがあって、問題が発生すれば事後的問題解決システムの中で「消費者主権」が擁護されるという制度設計には、そもそも重大な欠陥があるのではないのでしょうか。

 人権侵害事案の多くは、慰謝料・損害賠償金の支払いだけでは決して救済することのできない性格を持っています。日々の命・健康・暮らし・人生にかかわる製造物やサービスによるダメージは、事後的に回復できないことがたくさんあるのです。

 杭基礎のデータ偽装のマンションを購入したあるご家族が、「子どもはせっかく地域と学校になじんでたくさんの友だちがいるのに、引っ越しはおろか、一時的な住み替えさえ考えることができない」とインタビューに答えていたのは、まことに切なく、筋の通ったお話です。子どもにとっての地域と学校は、成長・発達期の子どもが「根を張る」ところですから、その根っこを「引きちぎる」「引っこ抜かれる」子どものダメージには、はかり知れないものがあります。

 このような人権侵害について、「事後的にお金で解決する」ことで「消費者主権を貫くことができる」という主義主張がもしあるとすれば、戯言であるし、それ以上に悪辣な市場至上主義です。

 さて、平成12年度施行の社会福祉法にもとづく実施体制は、介護・福祉サービスの提供に事前的問題解決システムとしての契約利用制を置き、問題が発生すれば、苦情解決システムや運営適正化委員会への申立てによる解決を図り、虐待には通報・対応システムが市町村ごとに整備され、来年4月の障害者差別解消法の施行には、障害者差別解消支援のための地域体制整備が進むことになっています。

 しかし、施設従事者等による虐待事案だけを取り上げても、事後的問題解決には多くの限界があると言わなければなりません。2013年の春日部市の特別養護老人ホームで発生した虐待死亡事件や、今年の春に明るみに出た下関市の社会福祉法人開成会大藤園では、被虐待者の権利の救済がどのように図られたのか、どのような構造で虐待問題が発生し、したがってまた虐待の発生そのものをどのように防止できるのか知見や教訓を、それぞれの自治体当局は実質的には何も明らかにしていないのです。市町村当局にそのような責任の自覚があるのかどうかさえ疑わしい。

 春日部市の高齢者虐待では、特別養護老人ホームの入居高齢者はお亡くなりになっていますし、下関市の大藤園であれほど殴打されていた知的障害のある利用者には、重症のPTSDがあることを疑うのが妥当です。どれをとっても事後的に権利を回復することはできない問題であることを行政・業界関係者は正視すべきだと考えます。

 先日、ある自治体の福祉領域部門の指定管理の選定会議の中で、申請団体の実施する研修の事業目標が出てきました。「満足度90%以上を目標にします」とあります。研修直後に参加者に配布されたアンケートの中で、「顧客満足度調査」一般で用いられる「5件法」(満足した・どちらかというと満足した・どちらでもない・どちらかというと不満足だ・不満足だ)の「満足した」を「90%以上にするのが目標」という意味です。

 これを一つの目標数値として使うのはいいとしましょう。しかし、福祉領域の研修を評価する指標に、一般的な「顧客満足度調査の5件法」がもっぱら使われているというわが国の福祉業界の能天気さにあきれて言葉がでませんでした。欠陥に満ちたビジネスモデルを美化したり、それらを介護・福祉業界で使いまわすことはいい加減にやめにしませんか。

昨日までは川越祭