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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

改善しない施設従事者等による虐待

 NPO法人・全国抑制廃止研究会の高齢者虐待に関する調査結果が、先日の朝日新聞で報道されました(4月11日朝刊)。この調査結果は、あらゆる点で事態の深刻さを表すものです。率直な感想を言うと、虐待防止法が成立しているにも拘らず、現場の実態が改善されないことへの苛立ちを憶える内容です。

 調査の概要は次の通りです。

  • ・調査対象:全国の介護施設・療養型病院35,278施設
  • ・調査方法:アンケート郵送法、施設名を出さないことを前提とする回答
  • ・回答施設数:8,988施設(回収率25.5%)
  • ・主な回答結果(2012年以降3年間の虐待に関する設問に対して)
    「虐待があった」:461施設
    「虐待があったと思う」:1,049施設
    「虐待を受けたり受けたとみられる高齢者数」:合計2,203人
    「職員数は不十分と回答した施設」で「虐待があった」「あったと思う」割合は23%
    「職員数は十分と回答した施設」で「虐待があった」「あったと思う」割合は12%
  • ・虐待とは別に尋ねた「身体拘束」(認知症高齢者等の車いすへの固定、点滴時の手袋など)
    介護施設の2割強、療養型病院の7~8割が拘束を実施

 この新聞報道が指摘する通り、国が自治体を通じて把握している2013年度の施設従事者等による高齢者虐待の件数は、わずか221件に過ぎません。つまり、国が公表する「高齢者虐待対応状況調査結果」の内、少なくとも施設従事者等による虐待の部分は現実をまるで反映していないということができます。

 虐待という事象に関するさまざまな実態調査では、回収率が低くなるという傾向が一貫して確認されてきました。多くの場合、全国抑制廃止研究会の調査と同様、2割台の回収率が一般的です。さいたま市の障害者支援事業者を対象とする「成人期障害者の虐待又は不適切な行為に関する実態調査」では、調査の主旨と目的を事業者に直接伝える機会を事業者団体の協力で得ることによって、48.5%の回収率となりました(拙著『障害者虐待-その理解と防止のために』、43頁、中央法規出版、2012年)。

 私の調査の実施過程では、いささか首をひねりたくなるような事業者の反応に直面しました。調査を明白に拒否する事業者がるのです。介護保険事業を全国展開する2つの営利事業者に「調査への協力のお願い」を電話で伝えたところ、「本社の課長から『回答してはならない』と指示されたので協力できない」と答えるのです。

 この営利企業のさいたま市の事業所の職員は、「できれば協力したいと思っていたのですが…」とおっしゃっていましたから、これら企業のガバナンスにおけるCSR(企業の社会的責任)は表面的な飾りなのでしょう。場合によっては、「虐待に関する事実は外部に対して細大漏らさず内部だけで処理する(もみ消す)」姿勢があると推察しても大した間違いはありません。それでも、「お客様本位のサービスを提供します」「利用者のニーズを大切にします」などと宣伝はしています。

 ある介護保険事業所からは次のような指摘もいただきました。「うちの事業所は、ほとんどがパートなので、担当者がアンケートに回答する時間に対しても時給を支払わなければならなくなるため、所長から『放っておくように』と言われました」と。

 このような事実に出くわすと、わが国の福祉・介護事業の土台と柱にはたして人権擁護が据えられているのかどうかの疑問が湧いてくるのです。また、これらの事業所には、必ず社会福祉士・介護福祉士・介護支援専門員・相談支援専門員等のいずれかがいるでしょうから、資格制度が人権擁護に資する働きを必ずしも担保するわけではない現実も示しています。

 匿名を条件に施設に調査をしても大多数の事業所は協力せず、わずか25%程度の回収率で明らかとなる虐待件数だけでも、国の把握する虐待件数よりも多いという実態は何を意味するのでしょうか。ここに、福祉・介護業界の構造的問題があると考えます。

 職員数が十分か不十分かによって、虐待または虐待と思われる事案の発生率が2倍も異なっている点も看過できません。福祉・介護の現場の人手不足に対して、実効的な政策対応が後手に回っていることも事態を深刻にさせています。

 事業者の体質として虐待を明らかにしようとせず、個々の職員も法的義務である虐待通報をしないばかりか、人手不足等からプレッシャーがかかると虐待をする側にまわってしまいかねない。

 2013年の年末に明るみに出た千葉県立施設養育園の虐待死亡事件の公判では、陰湿で乱暴極まりない虐待が複数の職員によって繰り返し行われていたことが、職員の証言によって明らかになりました。私見によれば、このような悪質極まりない虐待が繰り返しされていたとすれば、他の職員と管理職が「知らなかった」「気づかなかった」などと言うのは大嘘だろうと思います。

 つまり、現在の虐待防止法の下では、虐待対応の出発点である「虐待と思われる」段階での通報も、事業者ごとの虐待防止の取り組みも、ほとんど機能してはいない現実を正視しなければなりません。そこで、虐待防止法の改正に向けて、少なくとも次のことを避けて通ることはもはやできないでしょう。

  • (1)虐待防止のための実務的な事業所の取り組みとその報告を法的義務にする
  • (2)職員養成・採用試験・初任者研修・中堅研修・幹部職員研修のすべてに虐待防止・差別解消に資する人権擁護研修を法的義務とする
  • (3)以上の法的義務を果たさない事業所は事業者として指定を取り消し、幹部職員には罰則規定を設ける
  • (4)虐待防止と通報義務の法的責任を履行しなかった有資格者は、すべての資格を剥奪する罰則規定を設ける
  • (5)第三者の眼の行き届かない閉鎖性が施設現場の虐待の温床である点を受け止め、全国の自治体は弁護士会・司法書士会・有識者・サービス利用者等からなる「福祉・介護人権オンブズパーソン」のような団体を設立し、抜き打ち検査や改善命令等の権限を付与する

満開のサクラソウ

 さて、関東では桜満開の春の最中に突然雪が降って、一挙に花が散りました。今は、ソメイヨシノより開花の遅いサクラソウが、さいたま市桜区田島ヶ原サクラソウ自生地(国指定特別天然記念物)で見頃です。