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梶川義人の虐待相談の現場から

梶川 義人 (かじかわ よしと)

様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。

プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)

日本虐待防止研究・研修センター代表、桜美林大学・淑徳大学短期大学部兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。

狙え!意思決定支援の一石二鳥

 先週はリモートでの事例検証が重なりました。良い学びがありましたので、今回は、きめ細やかな意思決定支援が、そのまま虐待事例への対応にもなり得る、ということについて述べてみたいと思います。検証したのは、夫による妻への暴力の事例です。

 夫は、認知症になった妻を受容できず、また対応に苦慮したあげく暴力を振るうに至ったようです。いっときは、夫が妻の首を絞め「自分も死のうと思った」というほど危機的な状況にありました。しかし、支援が上手くいき、現在では、高齢者向けの住宅で別々の部屋ながら、穏やかに暮らしているといいます。

 支援者たちは、戦略的に支援したというより、一生懸命支援していたら結果が良かった、といった感じなのですが、考えてみたところ2点のポイントに気づきました。

 1つは、夫による認知症の妻の受容支援に固執しなかった点です。
 こうした事例ではとかく、「夫の認知症の理解を促して…」という支援になり易いものです。夫が妻を「正しいあり方へと型はめ」しようとしても叶わず、暴力へとエスカレートする悪循環に対して、「認知症という病気故なのだ」と夫が妻のことを理解して型はめしなくなればこれを断ち切れる、という発想です。

 しかし、それは容易なことではありません。何しろ妻は豹変してしまうからです。記憶障害、見当識障害、理解・判断力の障害、実行機能障害、失語・失見当・失行は言うに及ばす、失禁、介護拒否、妄想、せん妄、睡眠障害、異食、暴言・暴力、徘徊、不安抑うつなど、対応に窮する問題は少なくありません。

 ですから、夫による妻の受容に固執すると、支援自体が蛸壺状況に陥りかねません。そこで私は、当事者である夫や妻や子どもたちが、「今後どのような暮らしになることを望むか」焦点をあて、意思決定支援をしたことが功を奏したのではないか、と考えました。これが2つ目のポイントです。

 事実、この事例の特徴は、当事者への大変きめ細やかな意思決定支援にあります。そして、これが夫婦の高齢者向け住宅への転居へとつながり、ヘルパーなどのプロが介護を担い、夫婦や家族は精神的交流を担うという、大きな変化をもたらします。果たして、悪循環は解消され、「暴力のない介護」が実現されています。

 実はこの道筋は、解決構築スタイルの支援過程と同じ道筋になっています。つまり、この事例で行われた、当事者の意思決定支援の3段階(意思形成、意思表明、意思実現)は、まずは「暴力のない介護」という実現可能な近未来の生活のあり方を描き、実行できることから順番に行っていく、解決構築スタイルの過程に他ならない、という寸法です。

 こう考えると、意思決定支援には、意思決定のみならず、虐待などの問題の解決や問題状況から脱するための支援にもなり得る、一石二鳥の可能性があることになります。むろん、当事者にそれなりの力が備わっていないと、そう簡単には行かないでしょうが、支援者として是非、心に留めておきたい知見ではないでしょうか。

「時節柄、一石二鳥マスク!」
「その前に、強盗やめない?」