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梶川義人の虐待相談の現場から

梶川 義人 (かじかわ よしと)

様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。

プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)

日本虐待防止研究・研修センター代表、桜美林大学・淑徳大学短期大学部兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。

物理的距離は少し離して心理的距離はより近く

 新型コロナウイルス感染症に関連して、「ソーシャル・ディスタンス(人と人との距離)」という言葉をよく聞くようになりました。私は、他者とは2メートル程度の距離を確保するよう心がける毎日です。道で人とすれ違うときにすら間を空けようとしていますから、今ほど人と人との距離を意識したことはなかったように思います。

 実は、虐待発生のリスク要因の1つに「身近な関係」があります。折しも4月5日、国連のグテーレス事務総長は、DVが急増しているとして、新型コロナウイルス対策の主要項目として、女性への暴力防止と救済に力を入れるよう各国に求めました。

 これまでにも、エボラ出血熱などの感染症拡大に伴い行動が制限されると、女性への暴力は増加する傾向にありました。現在、外出禁止のフランスでは、わずか1週間の間にDVの件数が3割以上増えたそうです。

 身近な関係と言えば、家族や友人、ふれあいや絆、連携と、その肯定的な面に目は向きやすいものですが、実は、恐ろしい側面をも併せ持っているわけです。皮肉な話ではありますが、物理的距離は少し離して一定の距離を保つほうが良いのではないでしょうか。

 猫探しのプロによると、帰巣本能のある猫も、大都市では家に帰れなくなることがあるそうです。私の勝手な解釈によれば、大都市にいる猫の目には、何処も同じような景色に映り、密林を彷徨う人と同じく混乱し、迷子になるのではないかと思います。大都市では、何から何まで密集し過ぎなのかもしれません。

 ところで、新型コロナウイルス感染症は私たちに、コミュニケーションという人と人の距離についても、改めて考えるよう迫っています。マスコミが、関連ニュースを間断なく更新し、よくテレワークや遠隔授業を取り上げるようになったからです。

 まず、間断なく更新される関連ニュースについては、メッセージの文脈が発信側と受信側で共有されない問題が気になります。誤解が生じやすいため、両者の心理的距離は離れゆく一方になります。しかも、「誰もが誰かを妬んでいる」と「誰もが誰かに妬まれている」という2つの文脈の違いが分からない人は案外多く、分かり易く伝え、正しく捉える努力を怠れば、事態はさらに悪化します。

 つぎに、テレワークや遠隔授業についてです。ICT(情報通信技術)により、場所や時間に縛られず、物理距離は遠く離れていても心理的距離はより近づけられますから、大変便利です。私もたびたび、虐待問題への取り組みに活用することを提言してきました。もっとも、設備投資も使いこなしのトレーニングも必要ですから、広く浸透させるには暫く時間はかかりそうです。

 こう考えてくると、虐待問題への取り組みでも感染症対策でも、たとえマスクは使えずとも、不要不急の外出が大好きで、とかく三密に群れたがる私たちに必要なのは、物理的距離は離して心理的距離は近づけるための創意工夫なのではないでしょうか。

「濃厚接触は嫌だニャ」
「だからって上に乗るな!」