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梶川義人の虐待相談の現場から

梶川 義人 (かじかわ よしと)

様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。

プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)

日本虐待防止研究・研修センター代表、桜美林大学・淑徳大学短期大学部兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。

介護現場のコア・コンピテンシー

 人事管理の分野などで「コア・コンピテンシー」という言葉を聞きますが、もともとは、他社が提供できない利益を顧客に提供できる、その企業独自の知識や技術の集合体を意味する言葉です。

 大きなシェアを持つ企業は決まって、強いコア・コンピテンシーを持っています。他の追随を許さないのですから、生産性も当然高くなります。このコア・コンピテンシーに注目すると、非生産的にみられやすい介護の現場も、少し違って見えてきます。

 たとえば、感染症に罹患しやすい利用者との濃厚接触不可避の現場で、感染を防げているのなら、それは立派なコア・コンピテンシーなのだと言えないでしょうか。無策なら死者42万人超えもあり得る緊急事態のなか、感染が死に直結しかねない人々との濃厚接触が不可避だというのは尋常ではありません。

 だからといって、税金を主財源として予算を組み、アウトカム評価そっちのけで、予算を消化するだけというような姿勢で臨むのは頂けません。感染症対策は、いかに科学的な根拠に基づき抜かりなく実行するかが問われるからです。

 日々状況が変化するなかで常に先を読み、微に入り細に入り一挙手一投足に気をつける。そして、こうした毎日は何週間にも何ヶ月にもわたり、風評被害は自らの家族にも及びかねない。しかも、不心得者が1人でも出ればすべて台無しになる。

 こうした注意レベルの維持は、外出自粛のそれとは明らかに一線を画するものであり、感染が防げているのはその成果だと言えます。ですから、相応の報酬は支払われて当然だと思います。むろん経済的なことだけではなく、感謝の言葉などをも含んでのことですが。

 この点で、社会企業のあり方は一つの参考になりそうです。資本主義社会で忌避される分野に注目し、創意工夫を施して採算の取れるようビジネス展開するからです。また、手塚治虫氏の「ブラック・ジャック」という無免許医を主人公にした漫画も、示唆に富んでいます。

 主人公のブラック・ジャックはたびたび、医師免許を付与される機会を得ます。しかし、結局は免許を取得しないのですが、私はこの設定を、医師免許を持つ手塚氏ならではの問いかけでないかと思います。人の命を救う手段としての医師免許について、「手段が目的化してはいないか」、換言すれば「初心を忘れていないか」という問いです。

 また、ブラック・ジャックは、法外に高額な治療費を請求する一方、無料で最高難度の手術をすることもあります。私はこの設定は、「初心にかえって患者の命を救おうとする医師(医師のコア・コンピテンシー)への相応の報酬とは何か」という問いかけであるように思います。

 残念ながら私は、この問いに答えを出せるような深淵な叡智を持ち合わせていません。しかし、経済的なことだけを考えていると、誤った答えを導き出してしまいそうな予感だけはします。

「ウワーッ、濃厚接触!」
「今は、浮気よりそっち?」