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梶川義人の虐待相談の現場から

梶川 義人 (かじかわ よしと)

様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。

プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)

日本虐待防止研究・研修センター代表、桜美林大学・淑徳大学短期大学部兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。

ドッグトレーナーの見立て


 昨年私は、NHKの連続テレビアニメ「ドッグシグナル」にハマっていました。新米ドッグトレーナーの主人公が、さまざまな犬と飼い主と出会い、学び、悩み、成長していく姿を描く物語なのですが、とくに犬との暮らしに関するお役立ち情報は興味深いものでした。

 主人公の「師匠」であるドッグトレーナーの解説にはとても説得力がありました。原作者のみやうち沙矢氏にはトリマー経験があるそうなので納得なのですが、そのまま人間関係の問題に適用できる知見も多く、虐待や不適切ケアの防止にも役立ちます。

 たとえば、「犬だけ残して外出しようとすると、犬は飼い主が玄関の扉を閉めた途端に吠え続けるので近所迷惑になるため、外出できない」という問題について、飼い主が無自覚のうちに犬に「吠え続ければ飼い主が帰ってくる」と学習させてしまった、と見立てています。

 つまり、一見「犬に問題」があるようにみえて、実は、後ろ髪を引かれて30分もたたないうちに自宅に戻っていた「飼い主にも問題」があるというわけです。まるで、問題が維持される悪循環を見立てる、認知行動療法のケースフォーミュレーションのようです。

自責より他責にすがるのが人情

 同様の悪循環は少なからず、親子分離すると大泣きする子どもの分離不安の事例にもみられます。一見「子どもに問題」があるようにみえますが、親は無自覚のうちに離れ際に子の手を強く握るなどして「不安」メッセージを送っているので、実は「親にも問題」があるのです。

 そして、飼い主と分離不安の親には「不安を抱いているのは自分だ」という共通点があります。実際、前者は、離婚直後の一人暮らしとなり、「今後一人で生きていけるのか」という先行き不安を和らげようとして犬を飼い始めています。

 また、後者では、幼少時に災害で最愛の家族を失った体験が災いして、「私は、愛する者を失ってしまう運命にある。だから、今度はこの子を失うのではないか」という不安に苛まれ続けてきたといいます。

 しかし、何か問題が起こったとして、自責より他責にすがるのが人情というものです。そのため、自分を勘定に入れずに「問題は自分以外の誰かのせいだ」と結論し易くなります。ですから支援者には、俯瞰して問題発生の仕組みを見立てるよう求められるわけです。

 実際、多くのクライエントは、はじめは問題を誰かのせいにしていることが多いものです。しかし、面接を重ねることで冷静沈着になり、自分も一役買っていることに気づいていきます。そして、問題が維持される悪循環を客観視できるようにもなる、という次第です。

 飼い主も分離不安の親も、問題解決の鍵を握るのは、問題発生の鍵を握る自分自身に他なりません。対人援助でよく用いられる「キーパーソン」にしても、「問題解決の鍵を握る人」だけではなく「問題発生の鍵を握る人」という視点も加え、多角的にみる姿勢で臨みたいものです。

「飼い主の実験者が喜ぶからネ」
「忖度の唾液だったの!?」