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梶川義人の虐待相談の現場から

梶川 義人 (かじかわ よしと)

様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。

プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)

日本虐待防止研究・研修センター代表、桜美林大学・淑徳大学短期大学部兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。

天使と悪魔の同居の明日はどっちだ


 虐待との関連が深い暴力について、ハーバード大学の心理学教授、スティーブン・アーサー・ピンカー(Steven Arthur Pinker)氏は、有史以前からずっと減り続け、今や暴力による死亡率は3分の1になったといいます。しかし、暴力を中心とする虐待やDVは増え続けていますから、何だか狐につままれたような感じです。

暴力の人類史

 そこで、この謎を解くために人類の歴史を振り返ってみました。すると、人間は本質的に「共感性」を核とする天使の側面と「攻撃性」を核とする悪魔の側面を持つため、人類の歴史は両者のせめぎあいの歴史でもある、というヒントが見つかりました。

 ことは、農耕生活となって発生しはじめた富をめぐる暴力的な争いを、「法治」や「政治」が鎮静化させたことに始まります。そして次には、暴力で支配する者が出現してきますが、自制心重視の「文明化」が暴力を鎮静化します。

 その後、暴力は植民地政策や奴隷制度によって国外に輸出されはじめますが、今度は、技術や科学がそれを鎮静化します。印刷技術が情報化や読書を促して共感性を高め、科学が理性を強化したことで、世界中の人々が「社会秩序」を重んじるようになったからです。

天使と悪魔のせめぎあい

 ところで、「攻撃性」は古い脳である視床下部と、「共感性」は新しい脳である前頭前皮質と密接につながっているといいます。ですから誰しもが天使と悪魔の同居状態にあるわけで、両者のせめぎあいは、半ば不可避なもののようです。

 そして、共感性は自制心の源となりモラルを高めマナーも良くするので、前頭前皮質の機能が低下していることの多い殺人犯は、共感性も自制心も低いと言われます。ならば、前頭前皮質の機能を高めれば良さそうなものですが、ことはそう簡単ではありません。

 自分の「仲間ではない」など、共感できない相手に対しては、自分を正当化することを前提に、手加減なしに攻撃する危険があるからです。事実、己の正義を振りかざす者同士の武力衝突が続き、国連が人権宣言をするようになった歴史的経緯があります。

社会の発達の波

 こう考えると、冒頭に述べた暴力の増減は、「社会の発達」の波に乗れるか否か次第のように思えてきます。大多数の人は乗れるので、全体として暴力は減る一方、乗れない少数派は漸増しているので虐待やDVも増加している、というわけです。

 そうなると、法治や政治、文明化、社会秩序など、発達した社会との距離が気になりだします。虐待やDVは、距離の離れたドメスティックな環境下で発生しやすく、同じく距離の離れた「社会からの孤立」は、大きなリスク要因になっているからです。

 そこで、誰もが発達する社会の流れに乗れるようするために、国連の「人権宣言」に何かもう一工夫加えたくなってきます。そして、その一工夫こそが、天使と悪魔の宿命的な同居の明日を決める鍵となっていく予感がします。

「可愛さは悪魔級って言われます!」
「ハイ、ハイ、そうですか…」