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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第161回 湘南リフシアネットの
食環境改善事業 Vol.4

はじめに

 連載158回より全5回で株式会社リフシアネットが取り組んでいる地域高齢者の在宅生活の質を高める「食環境改善事業」についてご紹介しています。

出会いと学びを礎に
課題を言語化して1歩ずつ

 前回までに同社の「セントラルキッチン タンポポ」の3つの事業、「医療機関や施設に向けた栄養サポート付き配食サービス」「在宅向け栄養サポート付き配食サービス」「認定栄養ケアステーション運営」についてご紹介しました。
 超高齢社会であることや、高齢者の低栄養問題とそのQOLへの影響を考えると大変重要で、さらに前途有望な事業だと思いますが、そうはいっても実際に体制をつくり、製品を開発・販売し、地域に栄養ケアを広めるのは容易ではないでしょう。介護事業をバックボーンとしたこのような取り組みはほかに聞きません。
 きっと事業展開を志向した背景に、何かきっかけがあったことでしょう。そう考え、お尋ねしたところ、納得の出会い、学びの歴史をうかがいました。
 その一つが歯科医師の黒岩恭子先生との出会い、黒岩先生からの学びです。
 同社の親会社である株式会社リフシアの前身、大勝建設介護事業部時代から事業所では黒岩先生を招き、口腔リハビリや口腔ケア、食環境改善などについて学んでおり、それが本事業の背景、そして礎になったということでした。

「黒岩先生の村田歯科医院はリフシアのいくつかの拠点ともお近く、今も続けてご指導をいただいています。
 創業時から黒岩先生を通じて『口から食べること』の大切さ、『食べられる口づくり』を支える重要性を教わってきました。
 デイサービス事業から始まったリフシアでしたが、事業拡大により介護度の高い方の受け入れも増え、普通食が召し上がれない方に対しては、栄養ケアだけでは食を支えるとはいえないことを実感しました。
『食べること』がいのちに直結した課題だと認識して、それぞれの事業所で、介護職が個々に工夫し、食形態調整を行うことの危うさに気づいたのです。そこで一元化を思案して、リフシアの『ないものはつくる』精神に則ってセントラルキッチンをつくりました」(株式会社リフシアネット 取締役 三島智恵美さん)

 食形態調整の標準化とともに、提供する食事の開発に至ったといいます。その際には、管理栄養士の飯野登志子先生や株式会社宮源(ゲル化剤メーカー)の介護食開発のプロフェッショナルなどからサジェスチョンや協力を得て、介護事業所で「食べる人」「食べさせる人」の声を聞いて、製品化に反映したそうです。

「飯野先生に教わったことをベースに開発を続け、5年を経た今、嚥下調整食に利用できる食材数は倍以上になり、献立の幅も広がりました。
 黒岩先生や飯野先生、株式会社宮源の方などとの出会い、教えがあって今日があります」(株式会社リフシアネット マネジャー 込山雄一さん)

「開発を始めた当初、私たちは専門家ではありませんでした。当時から変わらないのは、『食べることを支えることが大切』という理解、そして思いです。黒岩先生などからの学びがモチベーションを維持させてくれたのです。
 専門家ではないため、疑問や問題を懸命に言語化し、課題を明らかにして、挑戦することができました。おかげで素晴らしい専門家から知恵や技術を指導していただくことができたのかもしれません」(三島さん)

 ふと「専門家は知識を握ってしまう」という揶揄を思い出しました。蛇足ながら、専門家故に過去の経験や知識、得意の範囲で判断しようとして、目の前の事実を率直に見たり、人のいうことに耳を傾けたりできないことがある、といった意味です。
 三島さんのお話を聞き、同社の開発ではそういうことがなかったのだと理解しました。

「やわらか食」と「えんげ食」の品質向上・安定供給に力を注ぐことで他の配食サービスと差別化してきました。他社から普通食の納入を打診されたこともあったそうですが、地域の「食環境改善事業」を主意とする事業として、単に配食数を増やすことに主眼を置いてこなかったといいます。
 食べる人の体力や栄養状態を考慮し、安全で、楽しみとなる、彩りのある食生活を!
 何度も社内試食会を重ねているそうで、その度に試食し、アンケートに答えてきたという同社代表取締役・小嶋達之さんは次のように話し、開発者らの労をねぎらいました。

「試食会では開発に携わるスタッフの真剣さが伝わってくるので、小さな前進を見逃さないようこちらも真剣に答えています。
 いつも一人ひとりの情熱の成果を感じさせてもらいます。
 創業時に『始める以上は地域の食の課題に応えられるようになる』と志して、楽しみに召し上がっていただける介護食、嚥下調整食をつくろうとは考えていたものの、よくここまでと思うような製品ラインナップになりました。
 リフシア並びにリフシアネットの仕事によって『無理といわれていた在宅生活が可能になった』といった評価をいただくのは無上の喜びであり、存在意義にかなうものです。今後とも引き続きご満足いただけるような食と情報を提供し、ご利用者様やご家族とも力を合わせてQOLを高め、プラスアルファの価値を創造していきたいですね」。

 次回に続きます。

歯科医師の黒岩恭子先生を囲んで「食べられる口づくり」を学び続けてきたことが食環境改善事業の礎になった。