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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第153回 ふつうのおばさんと
食支援について話そう

はじめに

 お盆休みウィーク真っ只中にこの原稿を書いています。筆者は夏休みにあるライブに行き、演奏を楽しんでいる途中に「このことを書こう!」とひらめきました。食べることを支えるケアに携わっている方に、ぜひご一考いただきたいと思います。

ライブで号泣唱和するおばさんに共感
このエナジーを「食支援」につなげたい!

 先日、大好きなアーティストのライブに行ってきました。同世代のバンドで、30年来、応援しています。さいたまスーパーアリーナは老若男女でいっぱいで、私の隣は同世代らしき女性2人組でした。
 私はアーティストがステージに登場する前からとても座ってはいられない気分で、とくにビートが効いている曲では一緒に踊りたいので、ずっと立っていました。しかし彼女たちは座ったまま。位置は400レベル(4階席)でしたし、ステージは遠く、つい大型LEDビジョンに目がいくような席ですから、座ったまま鑑賞していたからといって決してノリがわるいわけではありません。
 50代半ば超のおばさん同士、3時間超のライブを楽しむには“エネルギー配分”も必要と理解できます。それぞれ自由に楽しんでいいよね、と思いながら、逆に迷惑にならないよう、すこし気にしていたのです。

 ライブ中盤、何曲かだけ、隣の女性が立ち上がり、涙を流しながら大きな声で歌っていました。私もとくに今、聴き、歌いたい曲でしたから、びっくり。つい横を向いて顔を見てしまった。そして「わかるよ、その気持ち」と思いました。
 曲は、先に逝った誰かへのメッセージとも、やむなく別れた恋人へのメッセージともとれる、かなしい歌。自分自身で抱え、消化するしかない、どうにもならない思いについて歌った歌。くじけそうな気持ちをこらえて、前を向こうとする歌。とくにそういった歌に反応するように立ち上がり、熱唱する彼女を隣にして、きっと大切な何かを失った経験を胸の中で重ねているのではないかと思い、共感したのです。
 アーティストも、隣の女性も、自分も30年という時間を生きてきて、今、そういった歌を心から歌いたいのだと思いました。それぞれ経験は違っても、かけがえのない出会いと別れを知っている年頃です。そのために得たかなしみは、一方で、今日という日の大切さや、すべてのいのちの尊さ、生きる力の強さを教えてくれ、人生の大切な一部となっています。

 ふと、我も隣人もそんな年代だと気づいたとき、新宿食支援研究会代表の五島朋幸先生のお話を思い出しました。
 五島先生は常々、新宿区民の数と高齢化率、そして65歳以上の高齢者の摂食嚥下障害者の割合(在宅:16.5%)からして、新宿区には「摂食嚥下障害の高齢者が1万人以上いる」とし、この1万人を救うには、20人や30人のグループでは無理。「チーム医療」や「地域一体型NST」、「多職種連携」などといっても、その人数で何人救えるか。それだけでは地域は救えない、と話されます。
 そしてMTK&H®。すなわち食支援が必要な人を見つける(M)、つなぐ(T)、結果を出す(K)、社会に広める(H)こと。専門職から市民を巻き込む食支援文化を育てる必要を説かれます。
 五島先生のお話を思い出しながら、抱きしめたいほど愛しくなった隣人に、食支援を知ってもらいたいと考えていました。そして同様にかなしみを携えて生きる同世代はたくさんいるはずですから、その人たちこそ、専門職とともに食支援文化を育む市民になり得ると思ったのです。

 家に帰ってから、五島先生の方式にならって住まいのある東京都江東区、道路を越えてすぐの東京都墨田区、実家のある千葉県佐倉市の「摂食嚥下障害の高齢者」を計算してみました。人口や高齢化率は総務省の「住民基本台帳人口・世帯数」(2018年1月1日)によります。

  • 東京都江東区 18205人
  • 東京都墨田区 9982人
  • 千葉県佐倉市 8755人

 やはりどの地域も専門職だけで「食支援」を担える数ではないと思いました。
 読者のみなさんもお住い、またはお勤めの地域の高齢者人口の16.5%に相当する人数を計算してみてください。きっと地域の専門職だけでは難しいと感じる数字になると思います。

 ぜひ、大切な何かを失ったかなしみを生きる力に変えて1日、1日を生きている、いのちの尊さを知っている、熱い気持ちをもった「ふつうのおばさん」をみつけ、食支援について語ってください!
 きっとともに、地域に「食べることを支えるムーブメント」を広げる力になります。もしかしたら既に経験から食支援の必要を知っているかもしれません。自身の闘病や、家族など大切な人の介護といった経験がある市民の「体験から学んだこと」は、専門職の方にとっても有益な情報になるかもしれません。
 そのような市民を仲間にできたら、専門職の方も心強いのではないでしょうか。そして市民にとっては地域の役に立つ活動が癒しや生きる力になるはずです!

 なお、新宿食支援研究会のMTK&H®について詳しくは、今週末(9月1日 日曜日)に開催される「第3回 最期まで口から食べられる街づくりフォーラム全国大会 ~ごちゃまぜ社会でつくる未来~(タベマチフォーラム)」(東京・高田馬場、東京富士大学二上講堂)でも語られます。申し込みはお早めに!