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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第147回 万が一、ではない!
KTSM実技セミナーに参加して

はじめに

 さる4月28日(日)、口から食べる幸せを守る会(KTSM)主催の実技セミナーに参加しました。これまで二度、セミナーを取材させていただき、その度、本欄で記事を書かせていただいてきましたが(135回,141回)、さらに個人として参加し、KTバランスチャートの理解を深めたいと考えて参加しました。
 自分の食支援に挑もう! 感動が醒めないうちに、雑感をまとめておきたいと思います。

「食べさせたい」
思いだけじゃダメなんだ

 気がつけば本欄ももうすぐ150回を数えます。

 最初に「食べることを支える医療や介護はどうなっているのか?」と疑問をもち、取材を始めた頃と、今とでは知っていること、考えていることが大きく変わっているのも当たり前ですね。
 取材前は「食べられない」で困っている家族や友人を前に、成す術を知らず、おろおろしていただけだったので、取材を通じて食べることを支える取り組みがたくさんあり、熱心な医療者が多く活躍していることを知るにつけ、もっと「食べられないこと」を問題視すべきだった、声をあげるべきだったなどと思いました。

 しかし今はまた、すこし違います。
 身近な、大事な人が口から食べられなくなったとき、「食べさせたい」と思い、そう声をあげるだけでは何も変えられないと思うのです。
 なぜ食べられないのか、食べられない人が食支援を望むか、必要か、必要ならどのような食支援がふさわしいのか。
 医療者のようなジャッジはできなくても、食べられない人に身近な存在として医療者に適切な情報提供をしたり、問いを投げかけたりできなければ、適したタイミングでケアを受けることは難しいと考えているのです。
 そうしたことができるようになるには、食べることの障害についてある程度の「医学的な理解」が必要になるでしょう。適切な疑問をもつためには知識が必要なのです。

 このような考えに至ったのは、とりわけKTSMならびに小山珠美先生の著書、取材の影響が大きく、“懐が広い”性質をもっていると思う「KTバランスチャート」をリスペクトして、自分も学びたいと思いました。一方で、仕事で「脱おまかせ医療」を記す以上、筆者自身の実践も欠かせません。

 とはいえ真摯に予習をして、課題に向き合い、実技を習えばこそ、医療者の観察の視点、鋭い感性は豊富な実臨床に基づくもので、簡単に学べるものではないと気づかされるのが実際です。
 それでもセミナーを受講して本当によかったと思い、勉強も続けたいと思うのは、言葉ひとつでもより理解を深め、食支援を広げるひとりでありたいと願うからです。

 セミナーにおいて、小山珠美先生は今回に限らず、現代の医療と患者・家族が直面している問題と食支援についてストレートな見解を述べ、医療者や家族が行動しなければならないことを具体的に述べて、受講者を鼓舞されます。

「食べることが困難になることは“万が一”のことではない」。

 医療や介護に携わり、食支援に関わる読者の方なら、小山先生のこの一言の重みを理解されるでしょう。そして超高齢社会の只中で急ぎ変化を起こさなければ、この事実が国に、国民に、健康寿命に大きな陰を落としかねない危機感を思うでしょう。

 私は、かつての自分は、自分や家族・友人には万が一にもそのようなことは起こらないと思い、万が一起きても、そうなったら医療におまかせすればよいと思っていたのだと振り返ります。だからそのような人が決して少なくないとわかる。しかし「脱おまかせ医療」を唱える今は、限りあるいのちと、そのいのちの糧である食事、その障害について、誰も他人事ではないことに“気づいている人が広めていくよりない”と思っています。

 KTSMのセミナーはいつも覚悟を新たにさせ、具体的にどのような行動をするか、考えさせる場のようです。全国から多数の食支援実践者が参加し、リピーターが少なくないというのは、セミナーを契機にまた一段高みに上って行動したいと考える人が多いのかもしれません。
 筆者も自分の仕事の中でできる“食支援の実践”を考えさせられています。仕事としては、一般の人向けの健康・美容関連書籍編集が多いので、食べる力が弱る危険について繰り返し伝えようと思います。たとえダイエット本でも、便秘解消本でも、意図的にページを割いて、興味をもってもらえるよう工夫して伝えます。
 医療や介護の食支援実践者が100の現場に挑むなら、筆者も100の記事に挑まなくては。がんばります。

 なお、7月7日にはKTSMの「第7回全国大会 挑め! 食べる可能性が光る社会へ」が横浜市教育会館にて開催されます。セミナーと同様に、小山珠美先生ほか多数の食支援先駆者、実践者の力強い言葉・思い・マネジメントを知ることができる、またとないチャンスです。
 参加受付など詳細は特設ウェブサイトにてご確認ください。