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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第109回 HOPE! Series.1 糟谷明範さん(前編)

はじめに

 この「HOPE! ●●さん」はシリーズ化したいです。これからの食支援のホープになると思う人に会い、希望のある話を聞き、話して、考えたことを、いま医療や介護の現場で働きながら、今後の働き方について考えている方に伝えたい。
 これまでの取材で、食べることを支えるというのは、口腔ケアや嚥下訓練、栄養啓発などに留まらず、患者(利用者)の生活全般と人生観に関わっていく援助にならざるを得ないと聞いてきました。そのうえ従来に増して需要が増え、いまその重要性が再確認されているでしょう。連載も100回を超え、筆者も近未来の食支援についてより深く、改めて考える必要があるのです。
 そこで食支援の周辺にある事業も含め、独自の感性で新たな取り組みをしている人に会いたいと思います。
 初回は株式会社シンクハピネス代表の糟谷明範さん。お話ししてとくに2つのことを考えました。前後編の2回でお伝えします。
 自薦他薦は問いませんので、「我こそ(彼こそ)近未来の食支援のホープ」という人物・団体等に心当たりがありましたら、ぜひ取材先として教えてください!

誰もが“住民の1人”
地域づくりは我を忘れずに

 株式会社シンクハピネスは2014年12月より糟谷明範さんが生まれ育った東京都府中市を拠点にした医療・介護事業(訪問看護・リハビリステーションの運営)を開始、2016年5月より介護保険制度外の自費サービスも受け付けるヘルパーステーション運営と地域創生事業(カフェ&スペースと畑の運営)を展開しています。
 糟谷さん自身は理学療法士で、回復期病院、訪問看護ステーションでの勤務を経て、訪問看護ステーションの経営に関わるようになり、介護事業所の立ち上げなども経験した後に、独立したということです。
 事業展開の根底にある思いや、経緯は、2016年10月16日に開催された「MEDプレゼン2016 社会医療人たれ!」のプレセッションで語られているので、ぜひ、リンクの動画をご覧ください(映像は約9分間)。
 医療や介護を提供する側と、住民との間にあると感じていた壁を取っ払い、フラットにつながるための架け橋となることをめざして、在宅療養する人を支える専門性を磨く一方で、2タイプの事業経営と地域づくりに取り組んでいます。

 医療・介護の専門職の方が地域づくりを語ることは珍しくありません。地域包括ケアを志向して学び、地域づくりに取り組んでいる方がたくさんいらっしゃいます。とはいえ都市部ではとくに職住接近していないケースも多く、勤める病院や施設のある地域の専門職による“地域づくり”は、住民がお客さん(患者さん、利用者さん)のまま、専門職の「思い&未来予想図」と、住民の「思い&生活」に、大きな隔たりがある場合もあるのではないでしょうか。

 かつて訪問看護ステーションの経営に関わる中、糟谷さんも住民が集う座談会等に参加し、地域づくりについて話し合う席で、面と向かって両者間の壁を突きつけられた経験があったそうです。

「町の長老から『あなた達はしょせん、病院や施設の勤め人。地域のことなんて知らないでしょう』と言われて、残念で、悔しい思いをしました。しかし、長老の言葉は言い得ていると感じました。
 病院勤めの頃、『帰宅してもらう』ためにリハビリを提供しながら、個々の家庭環境や生活についてほとんど分かっていなかったと思います。
 訪問看護ステーションに転職し、訪問リハを経験して、以前よりは地域の現実が見えるようになりましたが、他の事業所の多職種との連絡・情報共有も不十分なまま、分からないことを“分かっている体”でしていることに気がついていて、そんな医療・介護に対して患者さんやご家族がものを言えない、言わない空気があることに気づいていました。
 そこで自分のやり方で、育った地元で、地域課題の当事者の1人として医療・介護を考え、サービスやシステムをつくっていく。医療・介護の制度の中ではできない予防的なこと、小さな困りごとへの対応も可能にし、家族や友人が医療・介護を必要としたとき、胸を張ってサービスできるようになろう。
 自分のやりたいことが明確になり、決断できたのは、あのとき感じた悔しさのおかげもあります」(糟谷さん)

 厳しい言葉を、誠実に受け止めた糟谷さんです。はっきり言った長老も親切な方。たとえあきらめや悪意があったとしても、言い難いことを言って、糟谷さんを揺さぶったのですから。

 筆者もささやかな市民活動をする中で、地域住民ではない専門職の方との間にある壁にもやもやを感じています。しかしそれについて話し合うこともできないでいます。
 行政や、専門職の方が医療・介護リテラシーを教え、高めてくれようとしていても、正しいから広がるというものではない。平日の昼間に開かれる合同の連絡会などに参加できる人は限られ、いつも同じ、年配の面々。
 両者の間にある壁の解消や、地域の問題のシェアなど、ずっと課題として挙げられるままです。
 時代が、未来予想がどうであれ、困るまで変わらない。ありのまま、あるものでなんとなくまかなわれていく地域の暮らし。排他的で、変化を求めていない人も多く、変わっていくとしたら遅々と変わっていくよりない。
「専門職と地域住民と共に」がお題目になっているのは、主体的に活動する市民が少なく、一部に固定化しているためもあって、行政や、専門職の方のせいではありません。しかし、常々主体的に活動する市民の“専門職”がいてくれたら、つながりたいとは願っています。

 糟谷さんは地元っ子・住民の1人として、地元商店街の商店主の1人となって、地域住民発信で医療・介護を生活に身近なものに変えようと奮起しました。身近なものにならなければ、病気や療養の手前にいる人の困りごと、慢性的な病気や障害がある人の日常、療養する人を支える家族の生活等を援助することができないからです。

「地域住民でなければならない」という話ではありません。ただ、必ず誰もが何処かの住民なのですから、1人の生活者として、住んでいる地域の中で、専門性も含めた“自分らしさ”を発揮することを、ぜひ考えてみていただきたいと思います。
 それは自分自身がコミュニティの一端で役割を果たし、安心して暮らせる場所をつくることです。町への社会貢献などというより、むしろ、そこで得た気づきや養った感性が勤務地でも役に立つと考えられるのではないでしょうか。

 地域にとって、住民メンバーの1人である人が専門職であることは貴重な“地域資源”です。
 誰もが同じような問題や障害に生きづらさを感じるときが来る可能性があること。ひとつの家庭で背負うには荷が重い悩み、苦しみをもつ可能性があること。それを理解している専門職の方々が、地域の内側から身内として声をあげ、行動してくれたら頼もしい。
 医療や介護の専門職の方々に、ぜひ白衣や制服を脱ぎ、普段着で、居住地の自助・共助のしくみづくりを牽引していただきたい。再確認した面談でした。

 次回に続きます。

イベント案内
一般社団法人エンドオブライフ・ケア協会
設立2周年シンポジウム
ここからはじまるエンドオブライフ・ケア
~超高齢少子化多死時代における”つながり”を考える~
Beginning of End-of-Life Care
4月22日(土曜日) 13:00-17:00(12:30開場)
 総合司会として長尾和宏先生(同協会理事、長尾クリニック院長)が登壇し、小澤竹俊先生(同協会理事、めぐみ在宅クリニック院長)の活動報告のほか、小野沢滋先生(同協会理事、みその生活支援クリニック院長)、西川満則先生(同協会相談役、国立研究開発法人国立長寿医療研究センター 医師)、戸松義晴氏(増上寺塔頭 心光院住職)、金子稚子氏(ライフ・ターミナル・ネットワーク 代表)の講演が予定されています。
 超高齢少子化多死時代において、途切れているさまざまな“つながり”について考える機会としたい、とのこと。介護職の方々が地域づくりを推める中で、大いに参考になるテーマと考えられます。終了後は、会場にて1時間ほど情報交換の時間も設けられるそう。ぜひ足をお運びになり、貴重なディスカッションに参加すると共に、登壇される先生方と直接お話しする機会をもっていただきたく、ご紹介しました。
  • ◆場所:笹川平和財団ビル11階国際会議場
    〒105-8524 東京都港区虎ノ門1-15-16
  • ◆費用:一般:3,000円/会員:2,000円

  • * この連載では第89回に設立1周年記念シンポジウムについてお伝えし、第100回に同協会が運営するエンドオブライフ・ケア援助者養成基礎講座についてご紹介しました。ご興味がある方は併せてご一読ください。